本

『豊かさを問い直す』

ホンとの本

『豊かさを問い直す』
佐々野謙治
中川書店
\1300+
2011.4.

 経済学史序説、という副題が、もしかすると邪魔をしているかもしれない。
 確かに、経済学には触れられている。だが、タイトルから予感可能なような、現代文明あるいは文化への警鐘や問いかけが主体であり、さらに言えば、これはキリスト教信仰に基づいた、人生論でもあるのだ。
 内容は、大学の講演会のような場面で、極端に専門的でない学生に対して、分かりやすく主張を述べた原稿を集めたものである。他の本にあったものから選ばれたのでないかと思うが、そうなるとこの薄い本において、選りすぐられたいくつかの講演は、まさに著者の言いたいことがコンパクトにまとめられた文章の集まりである、と見なすこともできるだろう。
 若くして重い病を背負い、余命幾ばくもないかと覚悟した中で、教会生活を始め、そこでもM先生と出会う。これが著者にとり大きな変化であったともいえる。経済学について、文明について、そして聖書について、命について、語り合う中で、考えが整っていく。その結果至った知恵、しかし著者自身はまだ途上であるとしか感じていないが、そうしたひとつの形が、ここにまとめられたのである。
 経済学者の言葉や思想もさすがに混じえられているが、それよりもまた、神学者の言葉や、ルイスのような作家の考えも触れられ、ある程度の趣味も感じられはするが、私などはそこにかなり共通項があったので、読みやすかった。
 その読みやすさは、たとえば新聞のコラムを読むのに特に難はないと思う方ならば、まず間違いなく感じるものであろうと思う。そう、これは新聞のコラムとして載っていたら好評を博するであろうような内容であり、読みやすさなのである。
 資本主義に必ずしも理想を見出さないというのが、その大きな枠だといえよう。何を以て資本主義を讃えようとも、それはしょせん、自利の金儲けを唯一の動機としている原理を免れないが、宗教をはじめ、価値ある、見えないものを切り捨てるあり方であるのならば、行き着くところは希望のもてるものではない、という立場ではなかろうか。身体上の弱さももつ中で、命というものについて瀬戸際のような見つめ方をしている生き方の中で、カネ目的の仕事に価値をそれほどには置きたくない、というものなのかもしれない。
 あまりに単純化してはならない。エッセイのような文章のいくつかを見る中で、読者がそれぞれに感じていくとよいのだろうと思う。いつの間にか、自ら自分に問いかけるようなことを始められたら、読者としては価値ある経験をもつことになるだろう。
 地味な本だが、外から見て中身は分からない。タイトルからしても、いかにも難しそうである。さらに、キリスト教信仰や人生論がそこにあることも、全く分からない。表紙にそうした情報を入れるのは、経費の点でも問題があるのだろうとは思うが、私は、外から見てそうした内容が伝わるようにしていれば、きっと、手に取る人は格段に増えるだろうと思う。よい内容だけに、こうした売り方や提示の仕方にも、気を払うとよいのではないかと切に思う。




Takapan
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