本

『若者よ己の夢を描け』

ホンとの本

『若者よ己の夢を描け』
ウォン・スル・リー
今泉信宏訳
キリスト新聞社
\1500+
2004.12.

 予備知識はなかった。偶々韓国の方とのつながりがあり、以前『韓国とキリスト教』という新書により初めて知るようなことが多かったことを思い出しつつも、本書をめくったとき、韓国キリスト教にとり大きな働きをなした著者の、少年期の思い出話だという点に興味をもった。それも、戦時中と戦後の出来事である。日本軍との関わりが描かれているが、実に不条理な苦難を強いられている様子が見て取れ、なんだかこれは読まなければならないという気がしてならなくなったのだ。
 戦後は戦後で、北朝鮮の地が一時は理想のようにも目に映ったものの、その共産主義者の恐ろしい差を知るようになり、脱北を企てる。こうして韓国にわたるのだが、そのスリリングな体験は、よくぞ命ながらえたものだと驚くばかりである。その時の細かな出来事、人との関わりが生々しく描かれていて、実にドラマチックである。しかしそれはフィクションではない。そして出会った人の幾人かが、悲惨な死を迎えている。
 元々家はキリスト教の環境であった。だが、一時共産主義にのめり込んだときには、信仰はすでに過去のものになっていたようなふうであった。けれどもその理想が破れたときに、結局神への信仰が歩く道を作っていく。そうして、韓国をキリスト教の国に変えるべく使命が与えられる。
 特に本書では、朝鮮のこの歩みが、出エジプトになぞらえて理解されていることがよく伝わってくる。奴隷時代のエジプトにいた民が祖国を築いていくように脱出する。その感覚を私たちは知らなければならない。ユダヤ人がその出エジプトを根幹に置いて民族のアイデンティティを有していたように、朝鮮の人にとっても、戦時体験(それはいまも続くのであるが)は出エジプトの歩みなのであった。
 著者が、たいそう頭の良い人であることがよく分かる。そもそもキリスト教徒であったことにより、中学進学が認められなかったという不条理な社会が、運命を狂わせたのであったから、小説を書きたいという夢もありつつ、その明晰な頭脳を活かす将来を考えていたのだったが、それができなかった。危ない橋を渡るが、好意的な人との出会いが、その都度経済的にも助けが与えられ、またパトロンも登場し、学問を学ぶ機会がついに与えられる。猛勉強をして、めきめき力を発揮していくのだが、それはついにアメリカ留学においても労苦の末に素晴らしい成果を修めることになる。
 こうして、韓国のキリスト教団体の長へとなっていくのだが、その話は本書には書かれていない。すべては、中学の頃から若い時期の苦労話である。そしてそれが、その時代の生きた証言になっている点が、また貴重であるのだと思う。
 比較文化をしているわけではないから、韓国を理解することが、この本からどれほどできるかは分からないが、ただ韓国の人々が、戦後どのような道を通って生きてきたのか、その生活レベルから精神的な背景に至るまでが、よく伝わってくる。映画にしても見応えのあるストーリーであると思うし、アクションとしても決して観客を退屈させないであろう。いや、そのような観客気取りでこの本を読むのは失礼である。
 まさに夢を描いてそれを果たそうと命を賭けた若者の事実をここに見出すのでなければ、読んだ意味がない。
 タイトルには英文が添えられている。「Write the Vision」とあり、「It Will Surely Come」と希望が宣言されている。ひとつには、特異すぎる体験であるから、誰でも鵜呑みにして夢想するのではない、と考えたい。しかし、ビジョンの大切さは感じる。そのビジョンを確かにするというのは、やはり信仰あるいは信念のなす業でもあった。キリスト教であったからかどうかは別として、強靱な信の歩みは、もちろんまさに命懸けの中での出来事であるかもしれないが、私たちは正面から受け止めたいものだと思う。
 へたなアクション小説を読むより、よほどよい時間を過ごすことができるであろう。




Takapan
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