本

『ヨチヨチ父――とまどう日々――』

ホンとの本

『ヨチヨチ父――とまどう日々――』
ヨシタケシンスケ
ポプラ社
\1200+
2025.1.

 絵本とは言い難いし、エッセイと言ってしまうのも気が引ける。ヨシタケシンスケ氏の持ち味として、絵と文章がひとつの画をつくり、そのコメントや解説めいた短い文章が画を囲む。イラストエッセイとでもいうような、いつものスタイルになっている。そして全体がひとつのテーマ性をもったストーリーになっている。
 今回のテーマは、父親になった男。
 先ず「出産する妻」にドン引きし、「生まれたての赤ちゃん」にショックをうけ、――こういうところから始まる。立ち合い出産は、私の妻は決して許さなかった。というか、大学病院だったからできないルールだったわけだが、もし可能だったとしても、そういうところは見せたくないという信条のようなものがあった。それでいいと思う。男が、興味本位から見たいなどということを求めるべきではない、というのが私のスタンスだ。
 文が付くだけでなく、絵の中でも男の台詞や心の中の言葉が書かれている。「コレ……感動しなきゃいけないの?」というのは、出産を見てしまった男の、正直な感想かもしれない。私は経験がないのだが。そしてそこに文としては、「みなさんに気をつかつて口には出しません。」と書いてある。そして、「父になって最初の仕事は」という文で、絵の台詞が「……カワイイネ……」となり、再び文で、「「正直な感想を胸の奥に仕舞う」ことではないでしょうか。」と結ばれる。以上が最初の見開きである。ここだけご紹介する。
 こうした「本音」を、これまであまり本では見たことがない。立ち合い出産がひとつの流行のようになり、へたをすると常識のように圧力をかけているかのようにすら思えるのだが、果たして世の女性は、いまは夫にそばで見ていてほしいのだろうか。また、見ている夫は、この本のスタートとは違っているのだろうか。
 私が経験したことがない場面から始まったわけだが、ここからは、私も身に覚えのあることが多々ある。結局こうして産まれたのは、赤ちゃんというよりも、初めて「父親」が産まれたのであり、これが本書のタイトルの「ヨチヨチ父」ということの意味であろう。
 妻に看護師が尋ねる。「どんなお義父さんに育ってほしい?」それに対して妻がぼやくように言う。「……とりあえず、迷惑かけないでほしいですね。」なんだか夢を壊すようでもあるが、私はこれはとても正直なところではないかと思っている。愛がないからではない。愛があるからである。
 こうして、母親の退院までの病院での「あるある」から、会社でこのことをどう報告するかという場面や、「父になる訓練」がどうなされるか、が一つひとつ描かれてゆく。子どもがいる生活の現実は、やはり経験したことがなければ分からない。そして、経験したことがあれば、ここに描かれてあることは、「そうそう」と膝を叩くことの連続となる。私などは、「そういうことがあった」という思い出の引き出しを開けて見せてくれるような思いばかりではあるのだが、男の心理と行動を、本当によく描いてくれている。
 子どもが次第に成長してゆく。ご近所さんにどのように接しているか、その建前と本音とがくっきりと描かれるというのが、ヨシタケシンスケ氏の世界そのものである。
 パパの「ちょっと」と、ママの「ちょっと」は、ちょっと違うのです。――こんな明言も飛び出すが、特別に仲良しのようにはこの夫婦、描かれていない。だが、仲が悪いのではないと思う。考え方や捉え方が、違うだけなのだ。それは、男の側が、女はこのようであろうという素朴な信仰というか、思い込みというか、そうした横暴な考えをもつことへの戒めとなっていると思う。
 赤ちゃんと出会って、初めて知るようなこと、たとえば「赤ちゃんのにおい」というような気づきも挙げられているし、とにかくありとあらゆる日常のひとこまに触れられ、その一つひとつの恥かきや失敗を積み重ねて、次第に父親へと成長してゆく様が、本当によく描かれていると思うのだ。
 子どもがハイハイを覚える。旅先でオムツがなくて困ったことや、妻との意識の違いにモヤモヤを覚えることも、正直に書かれている。世の中のニュースに対する心理の違いも見事に描かれているのだが、やはり最も重要な「気づき」は、次の点ではないかと思う。「10ヶ月間苦楽を共にして「血のつながり」を実感しているママに対して、パパは最初はどうやっても「赤ちゃんのにわかファン」にしかなれない訳です。」
 こうして挙げてゆくと、きりがない。そのうち子どもが成長してゆく。子どもも意志をもつようになる。必ずしも、子どもの成長順に頁がめくられてゆくわけではないのだが、男親が本当の「親」になる過程が、多くの生活のコマを取り上げることによって、ここに標本化されているように見えるのだ。そうしてようやく、「父親とは何か」を、なんとなくだが実感してゆくのである。
 赤ちゃんとママ社 (2017年)の再編集であるらしい。新装版のための付録を含めて、135頁が、こうして綴られてゆく。これから父親になる人が読むとどんな気持ちになるのか、私には想像できないが、こうして父親になってきた者にとっては、間違いなくワクワクするレポートである。読み応えがあるし、幾度も読み返したくなる。
 とぼけたような飄々とした、いつものヨシタケ節であるのだが、この人の作品には、ひとの心や命という、根本的なところをしっかりと見つめている眼差しがふんだんにあり、自分の中の心に気づかせてくれるものがある。貴重な人材である。




Takapan
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