本

『やっぱり夫婦!』

ホンとの本

『やっぱり夫婦!』
斎藤茂太
新講社
\1365
2013.8.

 斎藤茂吉の長男として生まれ、父親と同様に精神科医として活躍し、なおかつ著書の執筆も多く、その才を受け継いだ方だといえよう。つい先般まで存命であったというから長命でもあったし、私たちと同じ空気を吸っていた方であったことが分かる。北杜夫を弟にもつことからも、よい感性の持ち主であったことが忍ばれる。
 その著書が新刊として没後7年を経た今現れるということにやや違和感を覚えたが、別の名で出された著書を、また現代必要だと感じた別の出版社が、改めて世に出したということらしい。目次の末尾に小さく書いてあるだけなので、見落としがちであるが、それ以上の想像はここでは止めておくことにしよう。
 地味な本である。イラストは、表紙に素朴な絵がひとつ。プロの意図が加わったものではあるだろうが、素人でも5分とかからずに描けそうなくらいの絵である。裏表紙にはこれを縮小したものがあり、中の扉部にも表紙と同じものがモノクロであるだけ。他に、イラストらしきものは、ついぞない。すべてが文字である。新書や文庫でも、今時これは珍しい。たいへん地味な装丁である。
 内容も、とりたてて血湧き肉躍るようなものではない。夫婦の、こう言っては失礼だが、「枯れた」眼差しがあり、長年連れ添った夫婦としての著者が、「夫婦というものはなぁ……」と孫あたりに縁側でひなたぼっこをしながら語り聞かせているような長閑ささえ感じられる。慌ただしくめまぐるしい情報反乱の時代に、却って新鮮であるかもしれない。
 副題は「仲良きことは元気のもと」とある。忍の文字の中で生きたかつての女性があってこその夫婦であるともいえようが、さしあたり男性の視線から夫婦で仲良くやっていく知恵や経験が物語られる。ただ、それは一介の市民ではなく、精神科医たる知識と経験が踏まえられているから、中身は濃い。しかも、それを専門用語を用いて難解に語るようなつもりは微塵もなく、極めて日常的な言葉で、誰にでも分かるような書き方がされている点が好ましい。そのために、実例や自分の体験が交えられ、分かりやすさがます。つまりはやはり文学家系とでもいうのか、語りが巧い。その内容には「そんなに世の中うまくいきませんよ」「今は時代が違うんですよ」と言いたげな若者であっても、語り口調については「うまいこと言いますね」「言っていることはひじょうによく分かります」と言わざるをえないと思うのだ。
 少々乱暴な言い方もある。だが、それは精神科医としての医学的見解だというよりも、文学上のレトリックだとたぶん分かる。男のほうが先に死ぬべきだ、などと言われると、反発するケースも当然あるわけだろうが、「それもそうですねぇ」と笑いながら話を受け取るしかないような語り方なのである。だから、何も著者の言うままに行動せよなどというつもりはなく、ほどよく相槌を入れて、この話を聞いていけばよいと思うのだ。すると、時折、昔の人ながらの「知恵」というものが感じられる。そこにあるのは、変なプライドをもって肩肘張って構える夫ではなく、実のところ妻のほうは夫のことか分かっており、それでいてあからさまにそれを指摘せず批判せず、陰でしっかりと支え実権すら握っているという夫婦間の実情を、素直に認めた上で自分のことを吐露してもよいのだ、という心の軽さを是とする知恵のようなものに見えるのである。
 すべての夫婦がそれに当てはまるべきかどうかは分からないが、実に小さなことまで、生活の隅々に染み渡るような視点が並べられており、この本は、夫婦をそれなりに長くやってきた者としては、ふんふんと肯ける内容が多く詰まっていることは確かだ。著者はかなり恵まれた夫婦関係あるいは兄弟親類関係にあると思われるから、状況にそぐわない人々も多々あろうかと思われるが、ところどころでも、自分を省みて何か気づかされるという思いは抱くことができるだろうと思われる。そうして、結論的には、「添い遂げる」という言葉で結んであるように、なんだかよい思いに包まれて読み終えることができるような気がするのである。
 理想ばかり書いてあるわけではない。ちょっと幸せを見つけるために、実にうまく書かれてある本だ。逆に、こうした語り方で文章を連ねたいと、少しばかり羨ましくなったほどなのである。




Takapan
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