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『もういちど読みとおす 山川 新日本史(上)(下)』

ホンとの本

『もういちど読みとおす 山川 新日本史(上)(下)』
大津透・久留島典子・藤田覚・伊藤之雄
山川出版社
\1800+
2022.7.

 歴史といえば山川。これはもう何十年と変わらない。そもそも教科書そのものを発行しているし、参考書や用語集その他、受験の歴史について、こんなに頼りになる出版社はない。
 しかし読者層を広げたいという思いはあっただろう。なにしろ少子化時代である。これまでと同じターゲットだけでは、明らかに市場は狭くなる。そのためだけではないだろうが、2009年から、「もういちど読む」シリーズが出版された。実は、私はそのうちの何冊かをもっている。図書館で借りたものも含めると、けっこう見ているはずである。これは好評で、けっこう売れているらしい。
 最初は、高校の教科書の焼き直しだった。多少、大人向けに変えられているし、資料も大人の目線を大切にしていた。だが、私の印象では、大学受験に必要な歴史と大差はなく、いくらか味付けをした、という程度であった。それはそれでいいと思う。かつて習ったことを思い出すのに実に効果的だし、忘れていたものを取り戻すような気持ちにもなれる。また、それが大人としての教養にもなれるとすれば、読み甲斐のあるものとなるだろう。
 それらは、いかにも高校の教科書そのまま、という想定が意識されていた。だが、今回のものは違う。一般書のようなデザインである。そして、明らかに薄い。それでいて、かつてのシリーズからすると2割ほど値段が上がっている。最近でた、少し新しいデザインの世界史のものがあるが、それはこれと同じ価格であるが、明らかに厚い。どこが違うのだろうか。
 それは、実際に読んでみると分かる。本書には、大学受験という設定が殆ど感じられない。教科書では見たこともないような歴史的知識が書かれている。しかも、それらが余りにもあっさりと、矢継ぎ早に繰り出してくるのである。そのため、小中学生でも知っていそうな人物について、ことさらにエピソードやその業績を詳しく記すようなことはしない。歴史は淡々と流れていく。織田信長のために1頁使うのがやっとなのだ。その中に、「浄土宗と法華宗に安土で宗論(教義論争)をさせ、その勝敗をみずから決定する」といった点を押さえている。たんに私が無知なだけかもしれないが、大学受験に必要な知識であるようには見えない。
 その他、ぐっと圧縮された形で、日本史を語る文章が流れていく。そこにはよほど歴史詳しい者でなければ知る由もないような、政治組織や争い、対外事情などが、いともあっさりと描かれていることに驚くばかりである。
 図版は豊富である。それらも、普段なかなか見ないような写真が並んでいる。同じ幕府組織でも、そんなのあったの、と思うようなものが、コンパクトに示されている。荘園という古い時代であっても、荘園公領制の仕組みや、遙任国史がどういう立場でどういう組織と関わっていたかなど、一目で分かる図があると、もはや「へぇ」と感心するしかないという具合である。その他、家系図の細かさも目を惹くし、もちろん地図による解説は、必要十分掲載されていると言えるだろう。
 そういうわけで、歴史好きな人は、とりあえず一冊、いやこれは上下だから二冊だが、狭い棚にも入るくらいの厚さなので、自宅に備えておくと、ちょっとしたことを調べるきっかけにもなるだろう。もちろん今はウェブサイトに幾らでも情報はあるが、書物にするために念入りな点検を経たものは、信頼の度合いが違う。それに、どの時代の話についても、一筋の流れがある叙述であるから、歴史が断片化することから守られるはずである。
 なにしろ、タイトルを思い出して戴きたい。「もういちど読みとおす」であった。これまでの「もういちど読む」ではない。本書は、「読みとおす」魅力が、確かにあると言える。1頁読むのにも骨が折れる場合があるだろう。だが、上滑りになることを避けつつ、最後まで「読みとおす」ことにより得られる満足は、他のものとは違うのではないかと思う。
 下巻のほうでは、江戸時代が揺らぐ18世紀後半頃からが賄われている。幕末から明治期、そして現在へと流れていく日本史は、受験の日本史であればどうであるか知らないが、これで日本史の半分を占めるというところを重く見たい。淡々とした記述の中に、どれだけの血と汗と涙があるのか、時代が近づくと、より強く感じるような気がする。
 太平洋戦争の終わりについて、まず目が留ったことがある。8月14日にポツダム宣言が受諾を天皇が裁断して決定したことが述べられている。15日は天皇が終結を伝えた日であり、戦闘が停止されたのだとしている。そして9月2日が降伏文書の署名により戦争が終わった日だと述べているところである。その後1989年1月に昭和天皇が死去したという記述も、歴史的事実として飾りがなく、清々しかった。どうやらこれらの章は、歴史学者である伊藤之雄氏の執筆らしい。『昭和天皇伝』という力作の著者である。
 内容としては、ほぼ2011年の出来事で結ばれるのであるが、最後の締め括りがまたいい。読書の愉しみとして最後にここに触れて戴きたいとは思うが、万人への問いかけのように受け止めてほしいと私も思うので、その言葉で結ぶことにする。
 ――私たちには、先人がなんとか困難を切り抜けてきた歴史と精神に学び、勇気をもって問題に対応し、一歩一歩解決していくしか道がないと思われる。




Takapan
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