本

『「良かったこと探し」から始めるアクセシブル社会』

ホンとの本

『「良かったこと探し」から始めるアクセシブル社会』
星川安之
小学館
\1600+
2023.4.

 タイトルだけからは、内容が掴みづらい。サブタイトルの「障害のある日との日常からヒントを探る」を見ると、内容が見えてくる。「障害」というのは広い範囲で捉えていて、視覚障害・聴覚障害・盲ろう・肢体不自由・難病・高齢者といったカテゴリーでカバーされている。このことは、最後に「調査」の方法を明かしてくれているところで分かる。
 最初は、コロナ禍で、店の商品を無闇に触ることが禁じられた不条理な場面から始まる。しかし視覚障害者は、触らずして商品をチョイスすることはできないのである。そこで、どういう配慮あるいは会話が、それを乗り越えていったか、という1つの例が紹介される。
 同様にして、身近な各地で「いいね!」という意見が集まった出来事や商品が、一つひとつ具体的なエピソードと共に紹介されていく。もちろんよく知られたこともあるが、多少関心のある私でも全く知らないようなことが、ここには沢山並んでいる。それをここでぺらぺら喋ることはやめておく。どうぞ本書をお求めの上、知識を得て戴きたい。
 途中で、「不便さ調査」の様子が記されている。こういう声を集めるからこそ、事態は改善できるというものであるが、なかなか当事者でなければ気づかないことが多い。多数派による多数派のための社会では、多数派が普通に使えるような物や制度でできている。まるでそこにあるのが当たり前のような空気のように、仕組みをつくり、物を生産しているのだ。しかし、その企画に合わないタイプの人、つまり私たちがよく「障害者」と呼んでいる人や、病気をもつ人や高齢者などには、それらが全く「普通」ではない。ハードルの高い世界となってしまう。
 それは、彼らが悪いせいではないはずだ。世間が、社会が、彼らに追いついていないだけなのだ。
 何が不便か、それを明らかにしていくことは、社会が彼らに追いついていくために必要な手立てとなる。それは世間のほうが、そのままでは気づかないことだろう。当事者が不便に思う気持ちを悶々と膨らませている間、社会のほうは何の気づきもなく、放置していることなのだ。そしてもし訴えを聞いたとしても、コストだの手間だのと理由をつけて、そんなことはできない、と一蹴してしまうことが当たり前のことだったのだ。
 そこで本書のコンセプトは、タイトルにくる。ここへ来て、タイトルの意味がぐっと迫ってくる。「良かったこと探し」である。不便を訴えることが中心ではない。障害を負った方や弱者の立場にいる人たちが、現実に「どんな良いことがあったか」を語って貰うのである。「良かったこと」を拾い集めるのである。
 コンピにで助けてもらった話、点字の案内があったこと、手話で「ありがとう」と答えてくれたこと、そんな「良かったこと」が集められていく。たったそれくらいのこと、ではない。それらは、やはりしてもらってうれしいことなのである。段差のない入口は、車椅子利用者にとっては、ありがたいこと。足に障害がある人には、自動ドアがあるだけで、助かるのである。
 人の接し方ひとつが、社会を明るくする。それは本当なのだ、と教えられる。その上で、企業も、ちょっとした商品に、ハンディキャップのある人がずっと楽に使える道を拓くべく工夫をもたらす。シャンプーとコンディショナーに点字がついた背景のエピソードも本書にあった。ささやかな要望を真摯に取り上げた結果だったのである。物事をプラスに考えていくことの大切さを、改めて知る思いがする。
 本書を読んでいたとき、Twitter世界で知ったひとつの出来事があった。聴覚障害者にとり、エレベータは、ちょっと覚悟の要る乗り物である。もしトラブルで止まってしまったらどうするか、不安なのである。外部との連絡が、音声コールしか用意されていないからだ。このことは私も理解していたが、ある人がその点で、提言したのだそうである。すると、そのエレベータ管理会社が、エレベータ内に、メールアドレスと二次元コードを示したのだという。トラブルがあったら、スマホさえあればの話だが、外部と連絡がとれるようになったのだ。これは広まればいい。スマホ限定のような事態ではあるが、確かな進歩である。そして、本書のコンセプトに、ぴったりと合った出来事であった。




Takapan
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