本

『新島八重 愛と闘いの生涯』

ホンとの本

『新島八重 愛と闘いの生涯』
吉海直人
角川選書505
\1680
2012.4.

 2013年のNHK大河ドラマで、新島八重が取り上げられることが発表されてから、若干出足が遅かったものの、いくつかの本がだんだん現れ始めた。だんだん、というのには理由がある。これまで、殆ど知られていなかったのだ。
 その辺りの事情には、先にも別の本の紹介で触れておいた。つまり、私はまた性懲りもなく、新島八重についての本を手に取ったということだ。とはいえ、図書館にもしなかったとしたら、この本にまで手を出したかどうか知れない。またもや、八重の会津での戦争へ至る生い立ちが語られ、その中での出来事が、そして後に新島襄と出会ったことが記され、そして夫を天に送った後、看護婦として、また茶人として云々、という生涯を説明したものか、と思われるようなタイトルだからである。
 だが、それは裏切られた。全くそうしたものではなかった。
 ここには、史料が集められている。しかも、それは八重の生涯の順番に紹介されはしない。確かに、最初は会津・新島夫人・その後という三つの、いわば時代区分が示されている。この区分自体、従来あまりされていなかったものだという説明もあった。しかしこの後は、板かるた、荒城の月にも関わるという和歌、最初の夫である川崎尚之助の新事実、兄の山本覚馬、などなど周辺の人々に光を当てる。本の最後には、懐古談として、様々な資料を引っ張ってきて並べるような作業をする。あたかも、著者が、自分がこの八重について調べてきたその経緯を読者に紹介するかのように、八重の人生のあちらこちらに光を当てて示していくばかりなのである。最後のほうでは、もう文献をそこに引用して並べるだけと言われても仕方がないくらいの勢いで、八重についての数少ない資料を読者に提供する。
 だから、これまで新島八重について何も知らなかった人がこの本を手に取って読んだとしても、おそらく八重の人物像についてのエピソードのようなものはぼんやりと見えてはくるだろうが、どういう人生だったのか、その基本的な歩みのような部分は、よく把握できないままに読んでいくことになるのではないかと懸念する。
 つまり、これは八重について、一定の理解のある人が開くべき本なのである。裏表紙に「新島八重伝の決定版」とは書いてあるが、初めて彼女について知ろうとした人のためには決して、決定版などとは言えないものである。もっと知識の多い人と、資料をじっくり見ていく忍耐深い人でなければ、対応できない、けっこう奥深い本なのである。
 そして、改めて八重についての資料を知りたいという人にとっては、実によい文献案内となっている。この本をそうした資料集であるかのように取り扱っていくということもできそうな気がする。
 こうした本もまた、必要なのである。だが、タイトルには「愛と闘いの生涯」とある。嘘を記しているなどとは思わないが、自然心理として、このタイトルだと、一人物の生涯を、誕生から死までたどる伝記がここにあるかのように思ってしまうのではないだろうか。そう期待して読み始めると、ちょっと違う、という気持ちに途中から包まれるし、八重について予備知識があまりない人にとっては、何がどうなっているのかが分からなくなってくる可能性が高い。そうした説明をしようという本でないことは明らかである。
 たしかに裏表紙に「新史料」などとは書いてあるが、これは資料集に近いような内容である。よく調べてくださり、また史料そのものを見たい人にとりすぐれた案内になっているのは確かなのだが、「新島八重伝」だというふれこみは、読者心理とは離れているように思う。
 八重の詠んだことが分かっている和歌をすべて挙げるなど、資料性の高い本である。その価値を十分活かすためにも、このタイトルを含むアピール方法には難があるのではないか、と思われてならない。
 それにしても、放送まであと半年となってきて、ようやく関係書が増えてきた。慌てて調べたというものが少なくないように見える。古くから研究している方を個人的に知っているが、その方の本がこっそり調べられ、利用されているような気がして、さて、それで良いのか悪いのか、私には判断しかねている。




Takapan
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