『われ弱ければ 矢嶋楫子伝』
三浦綾子
新潮文庫
\590+
1999.1.
朝ドラの影響で、その原案となった大関和についての本を読んだ。教会のゲストに関して、河井道についての小説を読んだ。明治(だけではないが)を生きた女性のクリスチャンの物語である。どちらもフィクションでありながら、史実をよく調べ、史実に従った物語として、胸を熱くした。女性の職業としての看護婦、女子教育の草分け、それらの逞しい姿は、惚れ惚れするものだった。もちろん、どちらの人も、簡単に道を拓いたわけではない。しかし、不屈といおうか、女性の選挙権もない時代、女はどうとか言われる時代に、よくぞここまで折れずに超えていけたと驚くばかりである。
そしていままた、矢嶋楫子という女性に出会えた。大関和はこの矢嶋楫子の教育を受けていることになる。女子学院の初代校長として教育にかけて世界に知れ渡る人物である。
大関和と河井道は、比較的若い頃にキリスト教と出会い、信仰が与えられている。だが矢嶋楫子は違う。40代後半で洗礼を受けた。しかも、そこへ至るまでが酷かった。
その一つひとつをいまここで挙げることはしない。大関和にしても、悪い夫に嫁いだことで、命からがら子どもたちを連れて逃げた、という離縁の歴史がある。後に、好意を寄せる男性がいたものの、再婚はしなかった。矢嶋もまた、結婚相手が酒乱で暴力を振るわれ、殺されそうになったこともある。そこで逃げるあたりは大関和と似たところがあるが、教育職に就いた後、書生となさぬ仲になり、妊娠する。書生は遠方に妻子がいた。
当時は、妾も法律上認められていた。妾にならないかともちかけられ、断るのだが、楫子は教育現場でそのことがばれないように隠し通す。
宣教師マリア・ツルー夫人との出会いが、楫子の運命を変える。当時ミッションスクールは、クリスチャンの職員しかいなかったのだが、マリア・ツルーは、楫子の教育者としての素質を見抜き、またその魂も神が導くとの信仰の許に、楫子を新栄女学校に迎える。女学校の寄宿舎でも煙草を吸うあまり、周りの教師たちは怒り心頭に発すものだったが、ある事件をきっかけに、マリア・ツルーに赦された楫子は、自らの罪とキリストの赦しを実体験し、信仰が与えられた。
楫子は学校を任されるようにもなり、また婦人矯風運動も始める。それは禁酒運動であり、それによって、虐げられる女性を守ろうとするものであった。
とんでもない人生である。そして、罪深い自分の生涯を思うことで、その信仰は逆に、確かなものとなったと言える。信仰は綺麗事ではない。自分の罪を知ることなしに、口先で聖書の思想を鸚鵡返しにしたところで、何の命もないし、与えられない。
矢島楫子をなじるような、口先クリスチャンも見渡せば数多くいるような気がする。もちろん、彼女を英雄視するつもりはない。だが、キリスト者というものは、彼女の人生に、どこか自分を重ねることもきっとできるはずである。
そのように読めるのは、やはり本書が、三浦綾子さんの手によるものだがだろう、と私は思う。三浦綾子自身、当然同じ経験ではないものの、矢島楫子の思いと寄り添うことができる信仰経験をもっていたと思うのだ。そのことは、作者自身、小説仕立てのものも含め、あちこちで証ししている。また、プロテスタント信仰で厳しい眼差しを自分に向けることのできた三浦綾子だからこそ、これだけ信仰に満ちた、そして人間の醜さを抉った、作品を生み出すことができたのであろう。
しかし、「おわりに」で、作者は告げている。これは伝記でもないし、小説でもない、と。評伝ともちがう。「ただ私は、矢嶋楫子なる人物を伝えたかった」というのだ。
そこで、語り手としての作者が、作品の中に時折登場する。これがユニークである。狂言回し、というのとも少し違う。実にさりげなく、物語の中で、いつしか作者がそこにいて、ぶつぶつ喋っているのだ。「私は……」と突然現れ、三浦自身の声がそこに載せられる。
私は気づく。それは、たとえばヨハネ伝の書き方である、と。福音書記者ヨハネの言葉なのか、登場しているイエスの教えなのか、判別がつきにくい場面が出てくるのだ。あるいは、事態の説明を、記者としてさりげなく盛り込むことがあるのだ。
三浦綾子は、矢嶋楫子についての福音書を書いたのではないだろうか。あ、もちろんそれは神の子を意味するのではないが、実のところ相当に惚れ込んで書いているだろうことが、しみじみと伝わってくる。だから、本作は特に、命溢れるような勢いを感じることが多かったのではないか、と私は密かに考えている。
なお、楫子の教育は、校則を設けなかった。「あなたがたは聖書を持っています。だから自分で自分を治めなさい」と教えたのである。また、試験監督もテスト中に置かなかったという。神のみぞ知る。それを実践するのがキリスト教学校で学ぶ女性の、自律し自立する教育であったのだ。
偶々2026年5月21日、本書を読み終えた日だったが、東京新聞のコラム「筆洗」に、アメリカのプリンストン大学で1893年から続けてきた、「試験中、監督官は試験会場から退出する」というルールを見直すことにした件が書かれていた。「自分を治める」のは、もはやただの理想になってしまったのかもしれないが、同様に、いまのクリスチャンも、質が落ちていると言われないだろうか。また、言われることをにやにやと笑っているレベルにまで、堕ちてしまっていないだろうか。自省すること、しきりである。
さて、本書の真髄は、もちろん信仰であるが、同時に教育でもある。私の心に届いた箇所でこの場を閉じようと思う。ミセス・ツルーが危篤だと聞いて急ぎ向かう場面である(p230)。それは、楫子に常に語ってくれたことだという。「矢嶋先生、教育というのは学問だけではありません。人間にとって何が大事かということを生活で覚える、これがミッションスクールの教育だと思います。人間は一人残らず同じ立場にあること、人間を神に仕立て上げてはならないこと、それが大事だと思います」

た
か
ぱ
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