本

『作家の収支』

ホンとの本

『作家の収支』
森博嗣
幻冬舎新書401
\760+
2015.11.

 ある意味で別世界の本である。作家として成功し、億単位の収入を得た著者が、自分は小説をさして書くつもりもなかったとか、これをすればいくら稼げるからいい仕事だ、その逆だ云々を延々と語っている。芸術として、あるいは人生のために何かを書こうとしている文学青年からすれば、とんでもない人物である。
 だが、話はよく聞いてみるものである。これは、確かに冷たく突き放すように、そのようにドライな生き方を描いて吐露している本であることには違いないが、そこに目を奪われるのは読者として得策ではない。いったい出版業とは何か、出版業界はどのように形成されているか、これほど明らかにしてくれる本は他にないのである。
 原稿料をはじめて、そのからくり、また副収入や他のメディアに使われた時の収入など、金額が殆ど明らかにされている。出版業の内実がこんなに露骨に明らかにされたことがあったかどうか、私は記憶にない。
 こればかり見ると、著者が金の亡者のように見える向きもあるかもしれないが、印象としてはそうではない。趣味のために金があると楽しいと言い、成金的な金の使い方をすることは好まないことも見ると分かる。ただ正直に、淡々と、作家というのはどういう収入を得て、またどういうデメリットもあるか、その生活はどうか、細かな点にまで言及されていて、驚くばかりである。
 かつての常識では、本は売れない。そもそも本が売れなくなっている。これを、活字離れのような観点から指摘するのは、正統的であるようで、実のところ的を射ていない。事はそういうものではないのである。これについては、著者が本の終わりがけで厳しく分析しているので、直接お読みになるとよいだろう。私はそれを、冷静によく観察された慧眼であると感じた。もはやそのビジネスとしての役割は、かつてのものとは全然違ったものになっているし、将来的にどうであろうとしているか、そんな点には耳を傾けるべきである。それは業界関係者のみならず、消費者としての私たちにも役立つものであろう。私たちは操られてしまう虞もあるからだ。いったいメディアは近年どのような形で私たちを取り巻き、あるいはまた私たちを操ろうとしているのか、そこに気づくことは、大切なことである。私たちは主体性を失ってしまいそうになっている。ただ、著者はそういう批判をしようというのでなく、あくまでも事実どのようになっているか、どういう状況にあるのか、を指摘しているばかりである。後は私たちが決めなければならない。著者はひとりの作家としてその役割を体験し実感し、マスコミに媚びず自分のスタンスを貫き通した。そのときどのようなビジネスが自分に与えられ、また業界が何によりどのように動いているのか、それを見つめていた。その観察と感想とを、私たちに全部(かどうか知らないが)教えてくれているのである。
 電子書籍のマージン云々までもこれほど暴露してくれているというのも珍しい。というより、電子書籍の歴史自体が浅いのであるから、知らない者にとっては目を皿のようにして見つめるしかない。そしてその形が、実は出版業を介さずして個々人が書を発するビジネスの開拓となっているのであり、それが従来の出版の形態や考え方を変える大きな要因になっているのだとここでは明らかにされている。こうした点も、ビジネスを営む者のみならず、これからの時代の思考枠の変化に関心をもつ者ならば考える契機としたいものである。
 そういう意味で、画期的な一冊であると言えるのではないかと思われる。




Takapan
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