本

『女たちのポリティクス』

ホンとの本

『女たちのポリティクス』
ブレイディみかこ
幻冬舎新書621
\900+
2021.5.

 すっかり『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』のイメージが強すぎるので、教育エッセイに長けた著者なのかと勘違いしている人がいるかと思うが、この方は社会派である。政治経済の世界への関心が強く、そのベストセラー以外は、みなイギリスの政治が生活に及ぼす様子を労働者などの姿を通じて描くというタイプの本であり、原稿である。
 今回は、2年間ほど、「小説幻冬」に連載されていた記事をまとめたものである。生々しい政治の世界の話なので、今となってはすっかり過去になったものもあるが、概ね読者も、生々しく思い起こすことができる内容が多いであろう。副題は「台頭する世界の女性政治家たち」である。およそ日本では、女性政治家というのは飾りであったり、女性を使っていますよというためのひな飾りのような扱いをしているようなイメージすらあるが、世界ではそうではない。著者はイギリス在住なのだが、イギリスや周辺ヨーロッパ諸国では、女性の首相、党首というのはごく当たり前のものとなっている。もちろん、それは今となっては、であって、百年前だと、女性に選挙権そのものがあったかどうかも怪しいということになるのだから、その後の政治と社会の変化、人々の考え方の変化によるものであると思うが、それにしても、日本にいると別世界のように見えてしまうのはどういうわけだろう。フィンランドでは、執筆当時、連立政権の党首がすべて女性だということにも驚かさせるが、すべて団体だというのが当然のほうにももっと驚いたほうがよさそうだ。
 メルケル首相もニュースで取り沙汰されることが多かったが、イギリスにいる著者の目や耳に入ってくるその情報は、日本での報道とはかなり違うと言えるだろう。こちらではそんなに深く論評できるジャーナリスト自体が稀なのだ。しかし、移民の受け容れをドイツ国民はどのような眼差しで受け取っていたか、のような声をこのようなエッセイというか、論評というか、記事により伝えてくれると、その移民問題にしても、どうするとどのように声が挙がるのか、大いに参考になる。これは日本でも、他人事ではなくなってきているから、できるだけ先例のある事項については情報がほしいものである。
 イギリス女王の、けっこう強かなところや、やはり嫌がらせを受けもするけれども、そこから立ち上がる人、黒人問題も重なった中で、女性として仕事をなしていくという人なども含め、とにかく女性という立場の政治家を、時に辛口に、時に不条理さを訴えつつ、著者の筆は実に饒舌である。しかも、悪口や感情的な論評ではないので、非常に冷静に事実を伝えるという、ジャーナリズムのお手本のような様相も見せてくれる。
 ヨーロッパに偏っているのは、イギリスにいて感じる空気を送ってくれる故に、それでよいと思うが、やはりそこは日本人でもあるために、小池百合子を外すわけにはゆかなかっただろう。だが、もう一人、稲田朋美が取り上げられている。どうしてこの人、というべきかもしれない。話題になった当時であるから、というせいもあるだろうが、別の意味もある。それは、「総理大臣にしてはいけない政治家」(もちろん男女問わず)の第一位だったからだという。彼女自身がバカにされているからだということのほかに、女性だからという視点が隠れていないか、そこにも著者は疑いを忘れない。
 女性というフィルターを通して見ることは、政治に偏りをもたらすように思う人がいるかもしれない。だが私は最近、フェミニズムを含む女性の視点ということに少しばかり身を寄せてみたところ、そうではないと思うようになった。女性という枠を通して見た景色のほうが、むしろ普遍的なのであって、それを通さないことが、いままであまりにも普遍的であるかのように勘違いされていたことについて、男たちは特に、猛反省をしなければならないと確信するようなった。それはコロナ禍の中でも同様であった。女性がいかに追い込まれていたのか、それは女性の視点が完全に蔑ろにされていたからにほかならない。そういう意味でも、本書のコンセプトは、優れていた。これを、女性も読んで力を得てほしいし、男性が読んで男性支配の社会を自ら廃棄するくらいの意気込みをもつべきだと言ってよいだろうと思う。だから、確かにこれは怖い本である。既成概念を転覆される力を秘めていると感じるからである。




Takapan
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