本

『ワインの歴史』

ホンとの本

『ワインの歴史』
山本博
河出書房新社
\2940
2010.6.

 著者は、法学者。いや、大学教授ではないらしい。今は酒についての不正表示阻止を扱っているという。
 ともかく、驚いた。これだけのワインについての見聞である。てっきり翻訳物だと思ったら、れっきとした日本人の手による研究である。ここには、ワインに関する古代から現代に至るあらゆる人類の歴史が詰まっているように見えるし、特に西洋の歴史的背景に如何にワインが関わっているか、あるいはまた、歴史的事件によって如何にワインが動かされてきたか、そんなことも見えてくる。もちろん、庶民の日常生活の中でワインがどういう役割を果たし、時に人々の思想や文化を形成してきたかということも、くっきりと浮かび上がってくる。ワインを通じて、人間を知るという思いがする。
 サブタイトルに「自然の恵みと人間の知恵の歩み」とある。ここにあるのは、ワインの具体的な味わい方でもないし、飲み方のマナーでもない。ワインの種類についての解説でもないのだが、実は説明上、とんでもなく深く広いワインの種類について示されている部分もある。だからたぶん、ワイン愛好家やワインに詳しい方々からすれば、たまらないほど魅力的な記述がさらに光り輝いているはずだ。私のような素人でも、なんだかここに宝物があるらしいということくらいは分かるのだから。
 著者は、同時に若くして、西洋史を理解するために、ワインと共に、「キリスト教」というテーマを選んだという。ワインの歴史の中に、キリスト教の存在は欠かせない。ところが、日本の通常のワイン研究家の中には、この点で実に表面的なところしか調べないために、クリスチャンから見ると実に薄っぺらい知識で素通りしようとしている様子がまざまざと感じられるものが少なくない。そこへいくとこの著者は違う。実に深いところまでキリスト教に入り込み、歴史的な事柄はもちろんのこと、聖書そのものの記述においても多角的な検討を行っている。その意味で、クリスチャンの目から見ても、教えられることが多々ある。著者は新改訳聖書を基準に用いているのが、やや珍しい。これはいわゆる福音派の好む翻訳であり、学術的というよりは信仰的な翻訳だと言われる。その意味で、歴史的な著述に用いる場合には、通常日本聖書協会の別の聖書を用いるのが普通だからである。が、ワインの扱いについて翻訳毎に大きく変わるわけがないので、この本の目的からすると何の問題もないだろう。著者は、英語が堪能で、古代の記述においては、英語を介しているという弱点を正直に吐露している部分もある。英語の研究にしても一級品のものであるはずだから、通常の研究構築においてはおそらくまず問題にならないであろうから、その点はいい。ただ、英語を介しているということは、聖書の翻訳についても、英語の影響が混じることがあるわけで、基準に置いているはずの新改訳聖書の読み方とは全然違う英語読みが多々混じっており、「モーゼ」のように英語独特の読み方になってしまっているところも目立つので、読んでいてひっかかることが多かった。せっかく、新改訳聖書を用いていることを明言しているのであるから、そこから引用して戴きたかった。また、福音書は共観福音書のみが重視されているような書きぶりであるが、ヨハネの福音書がはみ出しているという見解は、現代基本的にはないので、誤解を招くかもしれないと思った。
 しかし、本として実に優れた研究であり、見識である。詳細において何か問題があるかどうかは素人には分からないので、またその道の方々の労に負うことになろうかと思うが、これを一つのワイン史、そしてワインをとりまく西洋史のカノンとして、議論が進んでいくのもよいのではないかと思えるほどであった。西洋史の理解のためにも、これは実に楽しい本であることは間違いない。




Takapan
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