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『生物はなぜ死ぬのか』

ホンとの本

『生物はなぜ死ぬのか』
小林武彦
講談社現代新書2615
\900+
2021.4.

 確かに、言われてみたらそうなのである。どうやって生きるか、私たちは考えるが、それはどうやって死ぬのか、という問いがあってこその問いなのだ。生まれたらその時点から、死へのカウントダウンが始まる、というような言い方をすることもあるが、これを生物学の観点から冷静に捉えてみようという試みが本書の魅力である。新書という形式であるから、テーマをひとつに絞り、このことについてのひとつの、しかし大きな考え方に目を開かれれば、それでよいのである。そしてそれは、案外、私たちの人生をより前向きに、そして明るいものに変えていくことができるかもしれない。少なくとも著者は、そうした希望を懐きつつ、そのための話を始めていく。
 生物なるものの現れを、太古の昔から思い描く。もちろんそれはひとつの仮説である。しかし、細胞レベルでその過程を説くとなると、たんなる想像や仮説とばかりは言っていられなくなるものである。視点は宇宙とその中での生物の誕生という奇蹟から始まる。
 生物の情報をDNAと、転写のためのRNAという理解だけでいると、誤解が起こるだろう。私たちは進化などといい、多細胞生物を高等生物と呼ぶが、人間自身を高等だと思い込んでいるからそうなっているだけなのかもしれない。様々な遺伝をもつことで絶滅を回避する、などという考えは、高校入試の理科でもおなじみのフレーズだ。
 随所で細かな議論が展開する。地球上での生物の大量絶滅のトピックがいくつかあることに触れ、生物の多様性が、その後に生きる生物を助けてきたことになるようだ。しかしそれは、絶滅した生物のお陰である一面が確かにあるという。こうして著者の主眼である、死ぬが故に生きるという考え方に、読者を馴らしていくのである。  そう、死もまた、進化が作った生物の仕組みの一部である。これが、頭に入れておきたい基本的事項である。
 死には、食べられて死ぬタイプと、そうでないタイプとがあることに気づく。後者はアクシデントによる死と見られるが、人間のように、老化の末に死ぬということは、こと生物界全体に照合するならば、考えられないことなのだという。たとえば細菌なるものについて考えると、それは断じて老化ではないのだそうだ。そこには死が存在しないようなあり方がある。これに類して、単細胞生物となると、分裂して若返りすらする。
 ここでヒトに注目していくことになるのだが、その老化と、それに伴いうまくいかなくなる機能が確認される。癌のメカニズムまでもちだして、細胞の分裂が有限回であることを踏まえつつ、ヒトが生きるためにこの老化のシステムがあるのだと告げる。
 ここから、急に話は生物学の領域から自由に飛びたっていく。ここからが、著者の人生観であり、社会観であることを強く感じる。ある意味で、この見解こそ、著者のこの本での真骨頂であるのではないか。その根拠として、生物の死のシステムを持ち出し、そこでの現象を援用することになるが、文明論のようなものにも向かうので、その細かな味わいについては、やはりぜひ本書でご確認戴きたい。
 教育論すらそこに関わる。それは、多様性を大切にしてほしいという、生物のレベル、その細胞のレベルでのミクロな話を、マクロに適用してよいかどうかには慎重であるべきはずなのに、どんとぶつけてくるのが、新書という媒体における大胆さであると言えるだろうか。
 けれども話題は再び生物学に戻り、長生きのための対策という、読者へのサービスめいたものにも触れ、最新のアンチエイジングまで紹介する。
 ハダカデバネズミが途中で紹介されていたが、地下に暮らすこのネズミは、他のネズミの10倍ほどの寿命をもつという。その社会では、ミツバチよろしく、子どもを産むのは群れの女王だけなのだそうだ。ここから少子高齢化社会を変えるヒントを与えるのがまた面白い。産みたい人がたくさん産める社会を考えたいのだ、と。こうなると、種の保存などといういかにも生物学的な概念を持ちだして、LGBTQを排除することを正義とするような政治家は、もういなくなるのではないかという気がした。
 しかし、AIには気をつけなければならないという。「死なない」AIは、生物が営んできた歴史とつながらないのだ。うまく扱えばよい道具となるだろうが、そうでないリスクも含まれているという。有限な命の生き物の価値を考えるべきなのである。その点、宗教は自分の価値観で評価ができるところが優れている、と著者は言うのであるが、果たしてそうだろうか、と宗教者として私は言う。自分の価値観などもたずに、簡単になびきますよ、と。
 死が、次の生のスタートであることを知ることで、地球を大切にする眼差しを、著者は私たちに贈る。そして、多様であることを喜ぶ人生でありたいという幸福論を、教えてくれるのである。
 非常に読後感のよい本である。機会があればお読みください、とお薦めしたい本だと言える。




Takapan
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