本

『なぜ僕らは働くのか』

ホンとの本

『なぜ僕らは働くのか』
池上彰監修
学研プラス
\1500+
2020.3.

 池上彰さんは、このように若い世代に働きかける使命をももっているようで、幾種類か類書を出している。これは監修とあるから、また違うかもしれないが、よい本に仕上がっていると思う。
 かつて「週刊こどもニュース」が始まったとき、衝撃だった。池上さんの説明は、大人をも熱中させた。子どもに分かるように説明するということは、本当に物事が分かっていなければできないことだ。そして、大人も、十分咀嚼するためには、その理解を学ぶのが適切であろうと思われる。私の基本的なこの考え方は、あの番組でつくられたのかもしれない。
 さて、本書は「働く」ことに的を絞っている。中学生の主人公が、働くとは何かを知る過程がマンガによるストーリーで描かれ、それを分断した箇所で、ストーリーに相応しい説明が随時施される。良い構成だ。そして、このストーリーがまたよくできている。働くとはどういうことか、先入観や不安があった中で、人の役に立つことや、人間同士がつながっているということを実感していく過程は、なんだか理想的すぎて美しいばかりであるかのようだが、こうした「学び」はやはりどうしても一度必要なものであろうと思われるのだ。
 もちろん、そこにはお金が関わる。だが、お金を得てどうするのか。その必要性を覚えるときに、人とのつながりという視野を抜きにしては、金が得られても心が貧しくなっていくことだろう。それでも、お金は生活を支える。現実的な視点も大切である。仕事という見かけだけを求めるのではなくて、たとえどういう立場で何をしようが、つながっていくことで金銭を得られること、世の中に参画していくことへ理解が進むとなると、大人も改めて考えたい事柄が目白押しだと言えるだろう。
 しかし、「好き」だから仕事をしたいという思いは誰にでもある。何らかの形でそれは活かせたらいいと思う。けれども、仕事を始めてから「好き」になることもある。また、「好き」であるならば仕事ではなく趣味として続けていくことも、できるかもしれない。そんな大人の論理を、中高生がどう捉えるか分からないが、「夢」を職業に限定しないで明るく前を向いて歩んでいけたらと願わざるをえない。
 それにしても、仕事とは時間を取られることだ。その試算もなされていたが、仕事と生活に必要なことを除けば、一日何時間、自由に自分で選べる時間があるというのだろう。私たちは、そこに幸福感を得られるのだろうか。現代ならではの職業事情も加味しながら、様々なケースが検討されていく。そこには、AIの問題も混じる。それが今風でもある。また、最後にこれは池上さんが随所で問いかけることだが、何のために「学ぶ」のか、ということも関わってくる。勉強は嫌なもの――そうだろうか。確かに、嫌にさせる要素はある。成績で順位を決め、人間の価値観までが定められるようなところが現実にあることは否めない。また、自分に必要なことだけを学べばよいのであって、数学や物理をやって何のためになるのか、と学生が問いかけるのも分からないでもない。そもそも勉強なんて、と思う子もいるだろう。大人は、尤もらしい回答をその都度持ち出すが、思いつきや思いこみの感もある。となると、大人もまた、その意義を、こうした本を参考にまた考えてみたらよいのではないだろうか。その本に解答を求めてしまわなくてもいい。だが、別の視点を「学ぶ」のだ。
 本の制作側は気をつけて記しているが、注意をしたいところがある。学歴は大切だが、それがすべてではない、という辺りだ。これは、基本的に学歴の恩恵に与っている者がよくアドバイスする言葉であって、誤解を招きやすいものでもある。そうか、学歴は関係ない、と結論づけてはいけないということだ。そう、学歴がすべてではない。それは事実だ。しかし、学校での学びから逃げるような姿勢を学ぶことはあまりよろしくないことが多い。結局、何事にも挑戦できず逃げる姿勢を培うようなことになってはならないということが言いたいのである。前向きに立ち向かっていくことから得ることは、言葉にできないくらい大きい。ただ、結果として競争に勝てなかったときにも、それですべてが終わるわけではない、ということで、また次の目標へと進んだり、問題を乗り越えていったりしてほしいという願いを懐かざるをえない。どこまでも立ち向かっていく、そしてそのための方策を練る、そうした営みを経験して得るものはとても大きいのだ。
 さて、人生を決める一冊の本。特別な本。そんな本になってくれたらいい、との願いから、この本は作られている。それに見合う内容になっていると私は思うし、この分厚さと行きとどいた配慮の中でこの価格は安すぎるとさえ思う。非常に売れているとも聞いているが、きれいごとや建前だなどという安易な言葉でかたづけないで、誰もが自分の人生に向き合うために、本書が活かされればよいと願うものである。自分の人生に誠実であることは、他人の人生をも大切にすることにほかならないと信じるからである。
 さて、章の最初を飾ってきたマンガによるストーリーであるが、最終回はどうぞずっと読んでのお楽しみにしておいて戴きたい。私は涙腺が崩壊した。決して先に見てはいけない。




Takapan
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