本

『あなたが言わなかったこと』

ホンとの本

『あなたが言わなかったこと』
若松英輔
亜紀書房
\2000+
2025.12.

 批評家であり随筆家であるという肩書きだが、私のイメージでは「悲しみ」の作家だ。カトリック信仰に立ち、しかし信仰を他人に押しつけるような姿勢は少しもなく、ひとの心の奥底に届くような眼差しを送り、また探り出すことができる人だと感じている。
 特にEテレの100分de名著では幾度も解説講師を担当し、心の中を覗き込むような視野を提供してくれている。
 その「悲しみ」であるが、「哀し」を知らないことはもちろんないが、古文を子どもたちに教えるとあっては、「愛し」と書くことも押さえておかなくてはならない。だから「いとしい」とか「かわいい」とかいう意味が「かなし」にはこめられている。
 たんに泣きたいとか絶望するとかいうレベルの話ではないのだ。だから、奥様を亡くしたときの悲しみたるや、限りないものであることは理解できたとしても、様々な感情や想いがそこに含まれているであろうことは、予想がつく。
 本書にも、初めのほうで、「死者の季節」という文章があり、そこに、彼女のことが書かれている。どこか詩的で、だがもちろん気取ったものではなく、しみじみと言葉を選び、語りすぎないように気をつけながら、それでも精一杯の言葉をそこに投げだそうとしているかのようにも見える。
 最初は「二月は私にとって死者の月だ」というところから始まる。「死者を思わない日はないが、寒さが厳しくなるにつれ、死者をいっそう強く思う」と続いて、最初の段落が終わる。
 こんなに切ない書き出しがあっただろうか。こうして、彼女が亡くなったことを告げるが、情景を描写するようなことはしない。自分の心の中にあったもの、生まれたもの、そうしたものが文字となって現れてくる。「独りで暮らすのはつらい」という文が、正直で、しかしそれを言わなければ自分がもう保てないようなぎりぎりの告白となっている。
 「半年ほど経ったある日、生きるのがつらくなった」と言いながら、人生で初めて「つらい」という言葉の意味を知ったような心を漏らす。こうして見てくると、もう真っ暗闇のような世界が見えてきそうだが、最後には、武者小路実篤の言葉を引いて、それが「死者への感謝と讃美の思いである」ことを見出す。それを自分が、どのように引き受けたのか、自分の人生にどう助けとなったのか、それを殊更に叙述することはない。だが恐らく若松英輔氏は、そこに神を見ている。それも、プロテスタントのように、さあ神への信仰だ、というふうな捉え方ではない。この世界を包むもの。誰もが、もし気づくことがなくても、そこに厳然としてあるもの。人間がどのようであっても、神はあまりにも大きくて、すべてのすべてであるようなお方。
 いや、想像が過ぎた。
 本書は、言葉や本について思うことの様々な側面が、著者自身の観点から掘り下げられ、想いが浮遊している。4頁から6頁くらいの間の短い文章が、イラストひとつなく、最後まで並んでいる。ハードカバーの具合といい、余白の使い方といい、これは「詩集」と呼ぶほうが似合っているような本である。そして巻頭と巻末には、著者作の詩が置かれている。途中にも少しあるが、文章の数々は、詩と詩との間で物語を綴る。著者の想いが、ひとの心をまさぐりながら、確かな足跡を刻んでゆく。
 恩師と呼んでよいだろうか、井上洋治神父の思い出が書かれている幾つかの文章がある。そこには、情景描写が多い。読者もその様子をよく想像することができる。神父が亡くなる少し前に会ったとき、「神さまにお返ししていく」という言葉を口にしていたことを思い出す。
 神父が、法然の言葉を著書に引いていたことにも触れているなど、本書には時折仏教の話題が出てくる。広い視野で捉えているのだなあ、というくらいしか考えていなかったが、最後の最後で分かった。こう書かれていた。
 
本書は、月刊「南御堂」新聞に連載中の「人間のちから」より二十七篇を選び加筆修正したものに、書き下ろしの詩を加えて編んだものです。
 
 この新聞は、「あとがき」によると、真宗大谷派難波別院の月刊新聞なのだそうだ。加筆、訂正を加えて書籍化しているが、連載は仏教の新聞だったのだ。
 本の最後には、本の宣伝がしてあるのだが、この会社から、若松英輔氏の本がたくさん出版されていることを知る。「若松英輔の本」という並びに19冊ある。また、「若松英輔の詩集」の並びに、8冊ある。知らなかった。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります