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『平和ってなんだろう』

ホンとの本

『平和ってなんだろう』
足立力也
岩波ジュニア新書622
\740+
2009.5.

 ある方が、コスタリカに移住したことで、関心をもってその国のことを見たら、驚くべき国だということが分かった。軍隊をもたない。日本国憲法が戦争放棄をうたっていることを、いくぶんでも誇らしげに思っていた私は、ショックを受けた。いままでなんで知らなかったのだろう、と無知を嘆くと共に、その日本が軍備をもっているということと比べて、このコスタリカという国は軍隊を捨てたというのはどういうことなのだろう。
 調べてみても、ひとつ映画があるくらいで、なかなかそのことに踏み込んだ資料に出会えなかった。その中で一冊、岩波ジュニア新書という、中高生をターゲットにつくられた新書に、このことを正面から取り上げたものが見つかったので入手した。
 ジュニア新書とは言いながら、これは大人向けではないかと思われる内容であった。いや、大人こそ読むべきである。副題には、「軍隊をすてた国」コスタリカから考える、ということで、テーマは「平和ってなんだろう」というタイトル通りなのだが、実質コスタリカの紹介だといえた。著者は、あることがきっかけで、コスタリカに魅了され、私に言わせれば「コスタリカ病」にかかったように、そこで多くのことを知り、多くの人に触れ、多くのことを考えて調べた。そこから、コスタリカについてのあらゆることを紹介しようとしているように見えた。
 分かりやすさというのは、複雑な面を、あるひとつの角度から切り取って見せるということによるのであって、いわば単純化して紹介すると、相手は分かりやすくなる。本書でも、あまりぶれずに、この軍隊を手放すに至った経緯と、そこに住む人の考えや生活を描くことで、このテーマの意味というものを読者に示すことに専念してあるように見えた。しかし、もちろんその背後にはいろいろな問題がある。とくに貧困の問題は大きく、さらに女性の問題、つまり伝統的な男性中心主義・マチスモという考えも大きく取り上げられていて、軍隊がないことを理想郷のように描くというのも早計であることが示されていると感じる。そう、様々な背景があるのである。
 確かに、憲法で軍隊というシステムが放棄されたということで安易に想像を走らせてはならない。著者が言うには、「いくらよいシステムを持っていても、それを運用する人の思想がそのシステムに適合していなければ、そのシステムはうまく機能しない」のだ。コスタリカの人々はどんな思想や価値観、そして文化をもっているのだろう。そこにあるのは、自由と民主主義の尊重であっ。それはどういう意味なのか、著者は私たちに少しずつ見せていく。子どもたちに浸透した、民主主義の考え方にも驚かされる。公園で出会ったあるおじいさんが、アメリカの民主主義を不完全だと評し、「民主主義と軍隊は相容れないものだ。もし軍隊があるなら、そこには真の民主主義はない」と言い切ったエピソードも紹介されている。これは学者や政治家の発言ではないのだ。
 本書は、学校教育で徹底される民主主義の姿を描き、人権を守るということについて、医療費のいらない実情を教えている。最後は環境先進国を目指す動きと女性の自立についても、貴重な示唆を与えてくれる。いずれも非常に具体的で、触れあった人の声や息吹が伝わってくる。
 そして最後に、平和の文化という形で、まず消極的平和と積極的平和の概念を対立させている。前者は暴力や戦争に反対するという考えだ。これは日本の考え方に近い。後者は、ポジフィ部な感情を集めたもので、対立者の想定から平和を捉えるのではなくて、いわば平和そのものに向かう営みである。これがコスタリカで捉えられている平和であるのだという。どちらも必要だとした上で著者はさらにまた点の平和と線の平和という形でも対比する。前者は一部を切り取った形での平和を考えることだが、後者は、社会や理念がどちらの方向に向かって進んでいるかを考えることが含まれている。未来図を描くのに必要な眼差しなのである。コスタリカでは、積極的平和の考えを有し、線の平和を見つめ、あらゆる場面で平和につながる理解を徹底する、統合的価値観を重視しているのだという。
 これを、そう古い言い回しではないのだが、コスタリカの人々は「プラ・ビダ」という言葉で表すのだという。「すごい!」などを表す語から来たのだというが、いまならさしずめ「いいね!」というところだろうか。「純粋で素朴な生活や人生」を表すのだという。これが深層文化的にも、大切にされている考えだというのである。
 平和学を成立させるためには、コスタリカを無視することはできないようだ。環境や歴史が違うとこの通りにするわけにもゆかないが、これをどれだけ尊重するか、は平和実現のために大きな要素となってくるに違いない。コスタリカについて分かりやすく、そして深いところまで教えてくれる本が少ない中、まだまだ本書の存在意義は大きいと言えるだろう。もっと知られてほしい一冊である。




Takapan
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