本

『神とは何か』

ホンとの本

『神とは何か』
稲垣良典
講談社現代新書2514
\880+
2019.2.

 齢90を数えて綴った渾身の書。しかも新書という性質上、専門書としての口調でなく、語りかけるようなあり方を見せてくれる。実際シンポジウムで身近に聞いたこともある方だが、決して衰えたような風貌ではなく、矍鑠として、また鋭いものの言い方をなさっていた。それでいて、語り方は温厚であり、嫌な気持ちを与えない。本書でも、読者が考えを浮かべるような疑問点を先取りしながら、弁明とまでは言わないが、自分としてはこういうつもりで述べているのだとか、こう書いている理由はここにあるとか、読者への配慮を忘れない。これは確かに読みやすい。「え?」と思ったときに、すでにそこにちゃんと説明の布石があって、道に迷わなくて済むように道標があるようなものだからだ。
 タイトルが大仰であるかもしれない。神とは何か。もちろん著者はこれについても説明を施している。詳しくは本書をご覧戴きたい。
 サブタイトルは「哲学としてのキリスト教」である。哲学として取り組む、つまり論理的に説明をしていこうというのである。その論理の道を見失う危険は少ないだろうとは思うが、やはり時折、私はこう思う、的なやや独断めいた弁明から方向性を決めていくような印象がないわけではない。
 著者は、中世哲学の権威である。もちろんそれを逆に弁えた上で、そうした中で素人めいた他の分野で言い過ぎないように断りも出してくるのだが、その中世哲学についての造詣は確かにふんだんに取り入れられる。それでいて、カントなどの近代哲学の功罪も明確に告げるのである。
 確かに、私たちはこの近代哲学の思考枠の中で考えているに違いない。現代哲学がそこに抵抗をしているのではあるが、概ね世界を動かす原理は、この近代哲学的思考に基づくものである。それはあまりにも根付いていて、それが当たり前だろうとしか言えないような状態に私たちはある。だから、中世思想の説明を受けると、それに非常に違和感を覚えることになるのである。あるいは、全く彼らの考えが時代遅れで理解できない、と評したくなるのである。だがそれは古いとか考えられないとかいうのではなく、かつて確かに中世ヨーロッパでは常識だったことなのであって、それが間違っていると弾ずることのできない、ひとつのパラダイムなのであった。本当に人は平等なのか。民主主義が唯一の称賛されるべき原理なのか。近代思想が定めてきた規定を問い直す必要があるのではないかと私は強く感じる。だからまた、独裁がいいのか、中世に戻るのか、などと短絡的に考えては戴きたくない。求めるところが私に提案できるようになっているわけではない。これから私たちが探していきたいものだと思うのは間違いないが、これぞという案があるわけではない。ただ、今が至上であるという固定観念をもちたくないということである。
 本書も、神という概念が近代から押されてきて、現代では何らかの対象物であるとして、神を考察したり、言葉は悪いが弄んだりしていることを憂えている。だから問い直す。神が存在するというのはどういうことか。その神とは何であるか。そもそもそれは問うてもなお答えられないもの、人間には知りえないものである、というあり方を前提とした問い方ではないのか。また、それでよいのではないのか。
 これが次第に、キリストとは何かを問うことと重ね合わされていくところが、いわばキリスト教哲学というあり方になるのであるが、本書もまたそこへ集約されていく。どうしてそのように問うのかについては、例によって弁明をしながらゆっくりと進んでいく。最後には、日本的霊性の問題とつながっていくのだが、こうした問い方や見方は、20世紀に営まれてきたものと無関係ではないだろう。やはりこの年代の方々からすれば、西田幾多郎なり鈴木大拙なりに触れないでは哲学とはならないような基盤があるのかもしれない。そしてまた、カトリックの方であるからかもしれないが、ルターの考えのよくないところ、それとは違うのだという点をもなんとかはっきりさせようとするところがある。
 いずれにしても、哲学概論として本書を書いたという宣言があり、確かにそのようであるのだろうが、聖書を前提とし、またおもに中世カトリシズムの理解を屋台骨とする中での、神そしてキリストという路線での考察は、一般的な哲学概論としては成り立つ余地がないのは仕方がない。一気に中世思想の森に入ったような印象があるが、著者の全体的な意図を汲む読み方でないのは失礼であることを承知の上で言うと、部分的な議論の仕方という点で非常に勉強になるという気がした。こうした言い方をする方法があるのだ、こうした論理が提示できるのだという学びのために、教えられることが多いというのが、拙い私の能力から言える精一杯のことである。




Takapan
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