本

『戦争と美術館』

ホンとの本

『戦争と美術館』
由布院空想の森美術館編
不知火書房
\1200+
1991.6.

 私立美術館だという。資金難からしばらく活動を閉じていたが、2018年に17年ぶりに再開されたのだと知った。本書は、ずいぶん以前に出されたものであることが分かる。
 戦争についての展示会があったらしい。本書は、そこを訪れた人たちの声でほぼできている。1991年6月、イラク軍の敗戦ということで、いわゆる湾岸戦争が終わった。1990年8月にイラクがクウェートに侵攻したことに始まり、国連が多国籍軍を派遣して始まったものである。経済制裁もしたが、1991年からは空爆を開始する。その攻撃の様子は、リアルタイムで全世界に映像として届けられた。ピンポイントで目標を破壊する様子は、ニュースで繰り返し流された。恰もテレビゲームのようであった。
 本書に載せられた会場の人々の声は、概ね、戦争に対して否定的であった。
 そこから30年以上経って私は本書を手にした。図書館が弾き出して持ち帰り用の棚に置かれていたのだ。そして、私も当時のことを忘れていた。否、あのテレビゲームもどきの映像は分かる。また、油まみれの水鳥の写真が、世論を動かすために用いられていたことも覚えている。イラクが油を流したせいだ、とアメリカが宣伝したために、世界は一気に、イラクが悪いという感情にかき立てられていったのだ。だが後に、その油はアメリカ軍が打ち込んだミサイルに基づくものが分かった。それでも、水鳥の映像は、イラクへの反感を固めるために十分役立った。他にも、情報操作がいくらも行われており、様々な検証が行われたのも確かである。しかし、一度広まった噂による思い込みの感情は、簡単には消えない。
 それは、新型コロナワクチンでモデルナ社が不条理に嫌われ避けられたのも同じである。そのため、どれほどのワクチンが無駄に廃棄されたか知れない(人数分確保されないと残りはタイムアウトで処分される)。いまはマイナンバーカードのミスが当初盛んに宣伝されたために、国民感情を操作されてしまっている。確かにあってはならないミスだが、人間のつくるシステムにノーミスということはない。最初にミスが派手に報道され宣伝されてしまうと、もうなにもかも間違いであるかのように国民が思いこむようになってしまった。その後は大きな報道がそう出てこないにも拘わらず、一旦身についた偏見は、必要以上に反対する感情を形成してしまっているように見える。
 だからあの湾岸戦争は、もっと検証してみなければならないものではある。その意味で、本書に登場する反戦の立場というものはどうか、関心を以て最後まで見つめていった。すると、単純にイラクを悪者呼ばわりしているようには思えないことが分かってきた。とにかく「戦争を止めるべきだ」という声が圧倒的に大きい。そして、これまで戦争はいけないという学びをしてきたことや、そう思っていたことが、湾岸戦争の報道で、無意味にされているようなことへの怒りもあちこちにあった。
 由布市はもちろん大分県である。来館者は、どこから来たかが記載されているものについて言えば、やはり九州が多い。だが、関東や関西も時折見られ、沖縄の人もいた。中には、幼稚園の教員だろうか、「毎朝、子供達と共に、一日も早く戦争が終わります様にと、イエスさまにお祈りをしています。子供達の純粋な祈りが届きますように……」といった声も見られた。高校生世代からも、憤りの思いが溢れる言葉が記されている。多感な時期にこうした戦争の報道を見聞きすると、心に沸き起こるものがあることだろう。私もやはりそうだったから、分かるような気がする。
 だが、その後、世界はそのようなものだという妙に悟りきった理解が心を落ち着かせてしまうと、もう慣れっこにすらなってしまう。それが人間の悲しさである。本書を手にしたときは、ロシアがウクライナに攻撃をしかける戦争がすでに始まり、一年を超える期間、戦闘が繰り返されている。ということは、30年前に本書に紹介されたように、戦争と美術館展に怒りをもって戦争反対を叫んだような人々が、今度はどう感じているのだろうか、ということが気になって仕方がない。それは慣れた「おとな」の意見に変わっているかもしれないが、逆に、「だから戦争をまた人類はやっており、愚かだ」と、あの時と同じように吠えている人がいるかもしれない。あのとき、遠い国での出来事だと思えない、という人がそれなりにいた。もちろんいまも世界での紛争について、他人事だと誰もが思っているわけではない。だが、こうも同じことが繰り返される人類を嘆くこと、それに怒ることは、もっともっと熱く表に出して然るべきではないのだろうか。
 書き込みの頁の、最後に書かれた声の、その最後の部分を引用させて戴こう。そこには、私の心を掴んだ言葉があったのだ。
 ――Newsを見るたび、救援活動をしている人達がいるのを知るたび、私も参加したいと思った。でも、次の瞬間、私は戦争を忘れた。私はおろかな人間だ。哀しみが言葉にならない。




Takapan
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