本

『戦争における「人殺し」の心理学』

ホンとの本

『戦争における「人殺し」の心理学』
デーヴ・グロスマン
安原和見訳
ちくま学芸文庫
\1500+
2004.5.

 アメリカ陸軍の軍人であり、士官学校で心理学を教えていたという。その著者が、理屈で述べるのではなく、実地に触れてきた人々を目の前にして見えてきたことを私たちに伝える。タイトルには「心理学」とあり、著者自身それを専攻しているとすれば、どうしても理論的なものを予想してしまうのだが、本書にそれを期待すべきではないということだ。
 たくさんの事例があるので、ゆっくりそれを味わって読んでいくことをお薦めする。時に、目を背けたくなるような表現が出てくるが、なにもグロテスクなものをぶつけようと意図しているのではないから、できるだけ目を逸らさずに最後まで読み切って戴けたらと願う。
 しかし、言いたいことを短くまとめるとすると、それは分かりやすいとも言える。まず示されるのは、人間が人間を殺すということにはブレーキがかかるものである、ということ。第二次大戦の時ですら、実際に銃を放ったことがある兵士は、ごくわずかであったのだそうだ。しかし、これがベトナム戦争の時には、撃たなかった兵士のほうが、ごくわずかに逆転する。そこに、殺人に慣れていくひとつの時代変遷があったということにもなるのであろう。他方、だからこそまた、このベトナム戦争のもたらしたものは大きかったのである。帰還した兵士を待ち受けていたのは、きつい自分の精神を抱えて生きなければならないことだった。
 さらにいま進行形であるのは、子どもたちに向けられている残酷なシーンの映画やゲームである。殺人に慣れていくように、わざわざさせているのではないのか。現実の兵士たちを診て、その話を聞き、その意義をまとめてきた教授が、痛みをもって読者に考えさせる。
 士官学校の教科書としても、本書は用いられているという。教科書というよりは、たくさんの事例を集めた資料という趣が強いように私には思えるが、事実本書を、日本の大学でもテキストとして用いていることがあるのだという。1998年発行の単行本だったのかもしれないが、いまは文庫で持ち歩きながら読むこともできる。
 特に前半では、近いところで相手の顔が見えるような形で殺人をするというのは、非常に抵抗のあることだ、ということが強調されていた。これは、本当だろうかという疑念がないわけではなかったが、だんだんリアルに考えられるようになってくると、これはさもありなんと思えるようになってきた。
 それ故に、兵士としての役割を戦争の現場で担って帰還した人々の中に、精神が不安定になることもあるというわけである。その抵抗のあることを現実にした場合である。
 残酷ということを別としても、性的にかなりどきつい表現をとるようなところもあり、特に女性が読むと不快を覚えることが多いかもしれない。1995年の原作ではあるが、当時もこういうものがまだ認められていたとするべきか、それとも軍人としてこのくらいの表現は当然であったのか、私にはよく分からない。
 原題は「ON KILLING」とシンプルである。しかし邦訳につけたように、「戦争における」とあったほうが、内容については適切であると思う。書店で売るには、どうしてもこの「戦争」は、あったほうがよかったに違いない。読者は、戦争における殺人と聞くと、関心を寄せる場合も少なくないと思われるからである。それでも、これは何も戦争という場に限らず、もっと普遍性をもつ事柄ではないのか、という点を考えてみると、「戦争」の文字によって限定することでよかったのかどうか、考える余地はある。
 まずは私たちが、関心を寄せて、繙いてみることが必要である。事例を集めたレポートと、著者の信念のようなものが貫かれている故に、ここに集められた資料だけでも、弁えておくだけの意味は、きっとある。




Takapan
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