『ウォーク・イン・クローゼット』
綿矢りさ
講談社
\1400+
2015.10.
綿矢りさの小説を辿って読んでいる。やや暗い時期のものもあったし、東日本大震災からの影響もあまりよいもののようには見えなかったが、2015年の本作は、作者のよいところが蘇ってきているような気がする。
本書には、二作品が収められている。標題作品の前に、まず『いなか、の、すとーかー』がある。それぞれ長さは同じくらいの中編である。
その「すとーかー」の方だが、綿矢りさの小説の書き出しには、いつも注目している。そこに工夫が凝らしてある。本作は、男性が主人公で、男目線でずっと語られてゆく。ょきは女目線ばかりだったが、次第に男から語るものも書くようになった。普通なら、その人物の考えがぐちゃぐちゃ書いてあるのだが、本作は、「Good luck.」に始まり、なんだか人生訓のような語りが続いている。
と思いきや、それは芸術家としての石居透が、取材を受けて語っている内容であった、という辺りのことが分かってくる。透は、陶芸家だ。まだ若い。田舎に戻って、竈で焼いている。そこには、年下の幼馴染みの果穂がいて、「お兄ちゃん」と歓迎される。よい関係を築いていたが、テレビに出たことが原因かどうか知れないが、砂原という中年の女性が、透につきまとうようになる。あるときは、勝手にろくろを回していたので、怒って追い出す。
気味が悪い透だが、警察沙汰にするつもりはなかった。しかし、その後も気持ちの悪いことが次々と起こる。それにしても、東京からこの村まで通って、ストーカーまがいのことをするので、気味が悪い。透は、やはり幼馴染みのすうすけという男にいろいろ調べてもらうが、確かに異常な行動を砂原はしている。かといって、決定的な証拠は出てこない。
こうしてサスペンス張りに、読者は心臓がどきどきしてくる。いつそのストーカーの刃がきらめくのか。次に何が起こるのか。この辺りの誘い方が巧い。
待てよ。男である透のストーカーであるならば、無邪気に「お兄ちゃん」と近づく果穂を見たら、逆上するのではないか。よく、女の嫉妬は、その男に対してよりも、相手の女に向かうという。その方が恐ろしいことになる、と透は怯える。
そして、砂原と果穂とがかち合う場面が起こってしまう。
もちろん、この先のことはここでは明かさない。これからの読者は、どうぞどきどきしながら楽しんでほしい。
さて、表題作の「ウォーク・イン・クローゼット」であるが、こちらも書き出しが魅力的だ。「時間は有限だ。でも素敵な服は無限にある。」こちらは女性目線である。早希は、いわゆるOL。この書き出しが映し出すように、服が大好きだ。男を捕まえたい一心だが、あまり恵まれていない。自分をフった男と友情を結ぶほどではあるが、新たに出会った男には危うく騙されそうになる。
早希の幼馴染みに、だりあという女の子がいる。こちらは人気タレントとして有名だが、よい友だちである。だりあの部屋に行ったとき、激しく拾いそのウォーク・イン・クローゼットに驚く。芸能人なのだもの、そこにはあれこれたくさんの服が並んでいる。こうしてみると、その服にジェラシーを抱くとか、内心でこの幼馴染みについて悪く思うとか、そういう方向で物語を決めてゆこうとする読者がいるかもしれない。だがそうではない。
その友人となった元彼が、だりあが早希の友人だと知って、一緒にライブに誘う辺りのシーンは、なかなかスリルがある。だが作者は、その場面にも、そしてもちろんタイトルのウォーク・イン・クローゼットにも、ちゃんと伏線を置いていた。
こうしたうだうだとした日々が描写されていると思いきや、あるとき、突然、スキャンダラスな事件に巻き込まれる。早希はだりあを守ろうとして、ややドタバタながらも、奮闘する。さあ、何が起こったのか。そのカーチェイス的なアクションは、どこに落ち着くのか。
すでに『夢を与える』で、芸能界の裏側のようなものを、作者は描いてきたが、本作は、そこまで芸能通な事情を必要とした設定ではない。あくまでも、一般市民としての早希の目線であるからだ。しかも、男目当ての眼差しと、案外義理堅い友情をだりあに対して抱く心とが、どこか素朴で清々しい。あまり気取らず、素のままの気持ちで楽しめる作品だったのではないだろうか。ただ、この女同士の友情が、その後の女性同士の絡みのある関係の物語へと開花する、ひとつのきっかけではなかっただろうか、と睨むのは、考え過ぎであろうか。

た
か
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