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『現代思想2020年11月号 特集・ワクチンを考える vol.48-16』

ホンとの本

『現代思想2020年11月号 特集・ワクチンを考える vol.48-16』
青土社
\1500+
2020.11.

 様々な論者が力のこもった文章を載せてくれる「現代思想」、テーマに関心が強ければ時々買うことにしている。新型コロナウイルスの感染拡大の年の秋に編まれたそのテーマは、ズバリ「ワクチン」。その後、ワクチンが供給され始めた頃に私がこれを読みたいと思い、手配した。が、実はこの編集がなされたときには、ワクチンが本当に接種されるのかどうか、未定だったのだ。それは常識的にはそうである。あまりにも治験期間が短すぎる。実用には早すぎる。先行接種をなお治験の一部として用いるほかない事態で、こんなに早く接種が広まることは信じられないような時期に、ワクチンというものについてしっかり考えてくれていた本なのだ。
 COVID-19ワクチンの実用化に対して慎重を図るべきだとする意見や、治験のあり方を巡る考え方を教えてくれると共に、やはりワクチン問題となると、かつてのHPVワクチン、すなわち子宮頸がん予防ワクチンの問題が大きく取り上げられることになる。一旦証人され推奨されたワクチンが、副反応についてマスコミが激しく取り上げ非難したことから、殆ど拒否されてしまうに至ったのである。これは、行政の態度が問われたものでもあったが、医学的にそもそもワクチンとはどういうことなのか、その副反応をどう捉えるかということなど、分からないままに感情で動いたようなところもあるようにも見受けられる。
 リスクを伴うものである故、強制はいまではできない。しかしかつては強制的に学校現場でワクチン接種は行われていたし、一本の針で二人に注射するなどということも平気だったそうだ。しかし、子どもに対する接種にしても、その親の自己責任とされる事態に、果たしてその親が一般に理解できていて、判断もできるのかどうかという問題もある。どちらを選ぶにしても、自己責任となることで、果たして良かったのかどうか。
 医薬品業者と政府との結びつきはあるのか。そんなきな臭いところも気になるが、それよりも、やはりこの自己責任問題は関心が高いと見え、いわゆる「ワクチン拒否」という権利とその実態については、議論が多々あることが窺える。それは、そのワクチンの種類によるのだ。世界的に根絶に成功した病気もある。一方、ワクチン効果がそれほど望めないケースもある。一つひとつに理解が求められるのであるが、マスコミの煽り方については、私も今回の新型コロナウイルスのワクチンについては、医療従事現場をわずかだが知るために、マスコミの不条理さを強く感じている。マスコミの思い込みや煽り方は半端ない。それにより、社会には「ワクチン信仰」という新宗教が蔓延してしまった。その蔓延は、コロナウイルスの感染拡大どころの話ではない。一国が、あるいは下手をすると世界的に、ワクチン信仰一色に染まっていることを恐ろしいと思う。
 もちろん、反ワクチン思想が、ポピュリズムと関わりがあるかもしれないようなことに、問題を感じないわけではない。しかし、その背後にある不安や感情による動きというのが、気になって仕方がない。この宗教性とも関係があるが、後ろのほうでデリダを基に、「自己免疫」という概念から考察するものがあって、考えさせられた。「免疫作用」ということは、そもそも他者を排除することをいう。しかし、それだけでは追われないため、他者を例外的に受け容れる働きもなければならない。これを「自己免疫作用」とするが、このとき、なんらかの形で自己自身を排除する過程が存在するのである。実のところ、新型コロナウイルスの致死的な力は、この自己免疫作用の暴走によると考えられており、ウイルスそのものは非力ではあるが、これに過剰に反応した自己免疫作用のために、自分が自分を攻撃して、呼吸をできなくして死に至るというのである。
 そして潜伏期の長さや、無症状でありながらへたをすると全員に隠れて存在しているのではないかという疑惑を考えると、そこにキリスト教の「原罪」にも似た意味を見出すことができるという捉え方は、この自己と免疫という問題と共に、私の問題意識に大きく楔を打ち込んだ。ここにさらに、ヨハネ伝の「われに触れるな」の言葉を以て行動様式を考えていくとなると、聖書の理解を、まさにこの現代的な情況に適用することにも意味ができてくるようにも思われたのである。
 このように、ややこしい話も多い中で、もっと分かりやすい言葉で、問いかける文章が光る。これは誰にもお読み戴きたいものであるが、中村桂子氏の「ワクチン開発に学ぶ時間の重要性」というものである。いまこそ、「世界観を語る時」ではないか、というのである。幸福の条件として、接触というものを挙げる筆者は、いま守るべきものとして挙げられる「いのち」というものについて、真剣に問うべき時だ、というのである。そして、その考察のときに尊重すべきものとして「時間」を提示する。様々なシチュエーションで、私たちはいま「時間」を蔑ろにしているのではないか、という。これは傾聴に値する声であると思った。
 現実にワクチン接種が始まってもなお、この予備の時期に語られた一つひとつの論文が、むしろそうなってからこそ、真の力を発揮しているとすら思われたからには、盲信に走らないためにも、ワクチンのメカニズムと共に、その意義とかつての事例、また人間本性に潜むものなど、話題の尽きないこの特集号は、益々読むに値するものとなることだろう。




Takapan
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