本

『世にも美しい数学入門』

ホンとの本

『世にも美しい数学入門』
藤原正彦・小川洋子
ちくまプリマー新書011
\798
2007.4

 映画としても評価された『博士の愛した数式』は、この数学者との出会いから生まれたと言ってもよい。人の心の機微を描くことに長けた芥川受賞作家は、大きく世界を広げることとなった。もとより、この多筆な数学者は、新田次郎を父にもつほどにやはり作家としての遺伝子をもっているようなもので、そこにすでに二人のつくる世界が予定されていたようにすら思われる。
 それほどに、夢を与えてくれる本である。
 これは、対談集である。しかし、よくある対談集は、たんに話の記録というだけで、話の場には楽しさがあっても、活字にすると魅力が消えてしまうことが多々ある。それがこの二人にかかると違う。書かれた文字を計算する才があるために、話をそのまま活字にしても、命が失われないのである。それは終始変わらなかった。話のかみ合い方といい、対談原稿としてはトップにあげてもよいくらい、見事な流れではなかっただろうか。
 伝えたいことも、はっきりしている。数学は美しいということである。そして、人間にとって一番大切な部分に近いところに、この美しい数学だの哲学だのといったものが存在するということである。
 さらに、この美しい数学は、神を抜きにしてはありえないと思わせるに足るものであり、まさにこの世は神の摂理の中に置かれてあることにただただ感嘆するばかりだという、ため息のような連続も、この会話の中から伝わってくるものである。
 実学といって、何かしら目先の利益のために役立つものばかりが求められる。しかし、今は役に立つものでなくとも、永遠を尺度にしているこのような真理や美というものは、結局のところあらゆるものの背後で輝いているものであり、それなくしては人生もさび付いたようなもので、いずれ人々を生かすことになるのだ、というふうに、二人は語る。
 幾多の数学者のエピソードや、実際の数学の美しさについての分かりやすい説明とが、この対談をさらに魅力的なものにしている。たまたま私は数学を塾で教えているわけだから、子どもたちに伝えたいその魅力というものについては、ほんとうに拍手喝采というほどである。目先の点数がほしくて親も塾へ子どもをやるわけだが、本当に大切なものは、いずれボディブローのように効いてくる。数学は楽しい、人生は美しい、と天に叫ぶことができるような、そんな出会いがあったら、と日々願っている。
 数学など難しい、という人にこそ、味わって戴きたい文章である。小川氏こそ、まさにそういうところから、この出会いが始まったというのである。
 さわやかな気持ちにさせられた一冊である。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります