本

『華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢』

ホンとの本

『華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢』
平野久美子
晶文社
\1,748
1996.5

「ケ麗君(デン・リーチュン)」という名前は知らなくても、「テレサ・テン」という名前はご存知だろう。いや、あまりにお若い方はどうだか知れないが。「陳美齢(ツェン・メイリン)」と聞いてもそれが「アグネス・チャン」だと分かりにくいのと同様である。
 1995年5月8日夜、ニュースはテレサ・テンの死を報じた。タイを旅行中、喘息発作で亡くなったのだという。
 そのときのことは覚えている。その年の1月に阪神淡路大震災が起こり、京都にいた私も少なからず影響を受けていた。また、ちょうどオウム真理教が追いつめられていた頃で、首謀者などは16日に逮捕されている。私の両親が福岡から京都に旅行に来ていたのもこの頃である。
 そこへきて、長男が喘息で苦しんでいた時期である。喘息で亡くなった有名歌手のニュースが、他人事とは思えなかった所以である。しかも、彼女は台湾から来た歌手であるが、その「テレサ」は、マザー・テレサからとっていたことが分かっている。その信仰がどういうものだったかは明らかでないけれども、カトリックの信仰の中に生きていたのは間違いない。私は彼女にいくらかの関心をもっていた。それが今日まで、放っておかれたのも事実なのだが。
 本そのものは新しいものではないが、初めてこの本を手にした。個人的に彼女とつきあいがあり、中国に関してひきこまれてルポしているライターが、テレサ・テンの死後一年を以て、この本を世に出している。
 あいにく、カトリックとの関係を期待した私は、失望せざるをえなかった。だが、貧しい家に生まれながら、当時中華民国という名称であった台湾で生まれ育ち、政治的に複雑な絡みの中で時代の波に揺られながら、歌という世界で世界的に成功したテレサ・テンのことを知ることは、悪いことではなかった。日本のように、どこかのほほんとしていられる環境と違う、張りつめた国家環境において運命が変わっていく人生を、目の当たりにするからである。
 この本を図書館で借りると同時に、私は、テレサ・テンのベスト版CDも借りて聴いた。今聴いてもなお色あせることのない曲であり、内容である。信仰的なものを期待することはできないのだが、日本人の心の琴線に触れる心情を、実にうまく歌い上げているように感じる。音楽そのものも、けっして古くはない。
 彼女は喘息による発作のために命を落とした。幼い頃に発作があった後、それはずっと消えていたというが、何かのきっかけで起こったものとみられている。タバコの煙一つで、発作は簡単に起こる。そしてそれは人を死に至らしめる。昔は普通だった野焼きも、ダイオキシンの関係から今は暴力的な振る舞いと見られている。もちろん喘息を患う者にとっても、それは命に関わる問題である。気をつけたい。
 テレサ・テンは、晩年、写真に写るときに必ず「Vサイン」をしていたようだ。もちろんVictoryの意味ではあろうが、台湾と中国との間に生じる、民主化運動や2つの中国の問題に対して、何か意味があったのかなかったのか、噂されている。
 彼女の歌に酔いしれる日本人は、そんな歌い手の心の背景までは、考えていなかったかもしれない。




Takapan
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