『嘘つきなふたり』
武田綾乃
角川書店
\1500+
2022.11.
やはり「響け! ユーフォニアム」が目立つが、青春ものの他に、ミステリー要素の入ったもの、人間の心の汚さを描いたものなど、多才な作品を提供している。私はそれと共に、京都を描く女性ということでも、気に入っている。
執筆と発行が2022年であるが、その年の6月という日付けからまず舞台の膜は開く。同窓会で、小川美帆に声をかけられる。小学校の同窓会だ。連絡先の分からない長谷川琴葉のことが話題に上り、中山先生という名前も登場する。
物語は、基本的にこれだけで十分だ。この短い同窓会の場面は、「十年前のあの夏の日、私は長谷川琴葉と修学旅行に行った。/二人きりの、修学旅行に」という文で閉じられ、そこから回想に入る。なお、この同窓会は、20代後半の年齢の集いであることも、分かっている。物語はずっと光の語りで進められる。
ここから2018年8月に時は戻る。私は、朝日光。できすぎた名前だが、母親の呪縛の中で生きる良い子の大学生。東大生である。勉強を真面目にやってきた。母親の言う通りにし、弁護士になれと言われている。女子寮生活を送っているが、偶然琴葉に声をかけられる。
小学五六年生のとき、担任は中山大輔先生だった。琴葉は先生に反抗的だった。光は琴葉と仲良くなるが、修学旅行の直前に転校してしまう。
そのことがあって、再会を喜ぶ琴葉は、光に一緒に修学旅行に行こうと誘う。大学が夏休みなのに故郷に帰らず学ぶことがあるという光だったが、同意して京都に向かう。強引に押し切られたところもあった。
戻った時の中で、さらにまた小学生時代の回想がちらちらと入るために、読者は時間経過をよく見ておくとよい。回想の回想という構造があるため、いま二人がどの年代にいるか、そこさえ気をつけておけば、迷わないでいられる。
小学校時代、中山先生と対立していた溝口先生が死んだ昔話もショッキングだが、再会した二人が映画を観るなど遊んでいるとき、突然美帆から入った知らせは、物語を大きく転換する。中山先生が死んだというのだ。
そのことを聞いた琴葉は、「中山を殺したの、私だよ」と言う。しかし報道は、「飲酒後、川に飛び込みか」などという。光は、琴葉の言うことが信じられないままに、計画した通りに京都に二人の修学旅行のやり直しに出かける。
ドミトリーという相部屋の宿泊施設に泊まり、修学旅行の日数だけ京都を巡るようにする。そこで出会う仲間に助けられるようなこともある。武田綾乃とくれば、宇治の人。京都を舞台に描くことが多いが、この作品では逆に、よそから京都に来て巡るという設定にした。私も住んでいたので、描写はよく分かる。とくに伏見稲荷の千本鳥居をくぐり稲荷山に夕暮れから登ろうとする辺りは、リアリティを以て理解することができる。
さて、中山を殺したという琴葉の訳は何か。良い子で落ち着いた判断をしているような光が隠しもっているものは何か。事態は複雑に混じり合って、タイトルの通りに、ふたりは嘘をついていたことが分かり、打ち明け合う場面を迎える。
だが、その嘘たるや、さらに嘘を着るようなところがあり、読者を安易なところに落ち着かせてくれないのだ。その意味で、非常に面白い。そうか、そうだよね、などと読んでいくと、さらに騙されてゆくのである。
しかし、いまこれを書こうとして、物語の初めから振り返って頁をめくると、いろいろ驚かされる。ちゃんと、すべての仕掛けが書かれてあるのだ。伏線というよりも、推理小説の素材がちゃんと全部ばらまかれており、結論を知った後に最初から読むと、これがあれなんだ、と肯きながら反省会をすることができるのである。だから、もう一度最初からぱらぱらと辿ってみるとよい。嘘を隠した者たちの言動に、逐一納得ができるはずである。
なお、武田綾乃と綿矢りさとを並行していま読んでいるのだが、綿矢りさの女性がはちゃめちゃであるのと対照的に、武田綾乃の女性は、かなり倫理的である。言動に理屈が通っている。感情だけで暴れ回る綿矢りさのものとは違う魅力がある。一つひとつの言動に、理由があるような組み立て方がなされている。
どちらにしても、京都の女性の描く物語であるから、私はどちらも好んでいる。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド