本

『灯台へ』

ホンとの本

『灯台へ』
ヴァージニア・ウルフ
鴻巣友季子訳
新潮文庫
\850+
2024.10.

 評判の小説であり、新しい訳が出たので、これを機会に読んでみたいと思った。  2日間の出来事を、引っ張って引っ張って400頁余りに綴った。登場人物と場面が限られているので、情況を押さえれば、さほど迷うことはない。だが、読むのに疲れるのではないか、と思われる。あっさりと事が進まないのだ。
 村上春樹でも、主人公の心の中で思ったことが、いたく丁寧に説明され続けることがある。説明というよりは、その人物の思いがそのまま言葉になっている、という具合であるが、しかしそれは殆ど一人称である。その人物に感情移入ができれば、その思いの流れはいくらかの予想もつくし、主人公と一緒にその場の情景を見るという体験を真っ直ぐに重ねてゆくことができる。
 だが、ヴァージニア・ウルフの場合は違う。心の中を詳細に描くという点では似ているかもしれないが、登場人物それぞれが、入れ替わり立ち替わりその心情を文字に吐露してゆくのである。感情移入する以前に、場面や人物が変わる。つまり、登場人物に、読者は次々と乗りうつりながら、それぞれの性格や心情に沿いながら、その場を体験してゆかなくてはならない。憑依霊になりきって、こちらの立場ならこのような心情でこの風景を見るだろう、おっと、こちらの立場ならこのような過去をもっているしこのように見えるのだ、という具合に、彷徨う霊のごとく対処しなければならないのである。
 もちろん、文学としては、それがいいのである。そこに味わいがあり、描き方の妙というものがある。
 しかし、2日間という短期に於けるそれは、とりたてて事件が続くというようなこともなく、どこかありふれた日常の中の一コマひとこまに対して、感情のほつれや根に持つ思いなどが交錯してゆくので、辿るのが思いのほかしんどい。
 あの灯台に行きたい。さあ、天気はどうだろうか。それは、実のところ10年前のひとつのシーンである。第一次世界大戦を経て10年後、子どもたちも成長する。あの灯台が見えるところに戻ってきた。そこからがメインとなっている。
 そして、母親や兄弟を亡くした後、遺された家族として、父親に対する感情が変化したのか、しないのか。2日間とはいえ、この10年間を挟んでいるだけに、さらに心情の描写に厚みが増す。
 雰囲気からすると、これは家族の中の心の通い合いが描かれており、それを「愛」と呼んでもよいだろうと思う。だが、様々な思いや思惑があることも事実である。  新しい訳である。鴻巣友季子氏が、長く丁寧な「訳者あとがき」を載せている。そこには、ストーリーを見失った読者のために、実は粗筋が書かれている。ここに、戦争への怒りのようなものを見出す読者がいてもよいとは思うが、話はそのようなものではない。とにかく生きる者として、どう関わってゆくか。家族という、絆を切れない出会い方をした者同士が、それぞれの思いを抱えながら接してゆくしかないのである。
 なお、津村記久子氏による短い「解説」は、「訳者あとがき」とは異なり、ぴりりとスパイスの利いたコメントとなっており、これも味わい深い。新しい訳は、なかなかよいのではないか。




Takapan
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