本

『歳をとるのはこわいこと?』

ホンとの本

『歳をとるのはこわいこと?』
一田憲子
文藝春秋
\1500+
2023.11.

 イラストひとつない、凄い本だ。否、表紙や章の扉に、2センチ角程度のラフなスケッチのようなイラストは、あるにはある。だが、その存在を忘れるほどに、すべてが文字だという印象を与える本である。
 サブタイトルに、「60歳、今までとは違うメモリのものさしを持つ」という言葉が見える。これはなかなかよいところを突いている。本書の内容は、まさにそれだ、と言ってよい。
 60歳を迎える前年に、等身大の自分を曝け出したような文章が並ぶ。一つひとつは短く、きっちりと8頁でつないでゆく。文筆業の著者は、雑誌などに小さな記事を続けているというが、長年そうした仕事をこなしているだけに、文章が確かにうまい。読ませるものがあるし、読者の共感を得るに十分な世界を醸し出している。特に女性読者からすれば、きっといる友だちの一人として、著者の言葉は毎回楽しみになるほど、自然で頼れる声となるのではないかと思われる。
 歳をとるのがこわい、というと、将来への不安や、特に死の問題があるのかしら、という予感すらしたのであるが、それはもしかすると、哲学的に考えてみたい男の眼差しに過ぎなかったかもしれない、と恥ずかしくなる。本書には、それはまず見られない。不安や怖さというのは、そういうことではないのだ。
 自分の半径数メートルの出来事であっていい。日々のちょっとした体の不都合や、生活に対する考えの変化など、すべてが触れるもの、また感じ取るという意味において共感できるものである。何もかもが、具体的なのである。しばしば、テレビや映画も出てくるが、何の気取りもない、ありふれた普通の番組である。本当に、お茶を目の前にして、お友だちの話を聞いている雰囲気が、最初から最後まで続くのである。その意味で、とても読みやすい。
 話すことはたとえば、年齢についての不安と、それに対してまあいいかという気持ちがベースにあるのと、ちょっとこういうことをしてみたら楽しくなったのよ、というような口調。しかし、時にちょっと聞かせどころのある言葉を漏らす。「正解」の外に「正解」があるのよ、などと。それは、自分の人生に、これこそ、というような「正解」をセットしてしまったら、人は苦しくなるのかもしれない、という気づきのことを言う。またもうひとつの「正解」を見つければいいじゃん、というふうに。
 文筆業という、時間拘束の質が勤め人とは異なる仕事をしていることから、その生活は必ずしも会社勤めの人の参考にはならないかもしれない。でも、やはりそうではないのだ。その年代の女性が感じるようなこと、しかもそれが、夫のことや子どものこと、それしかないような語り口調をする世の中の傾向とは異なり、自分自身の生き方、感じ方、生活の組み立て方、そうした風を終始吹かせている著者の言葉が、きっと清々しいのであろうと思われる。ここには、確かに女性が自分というものを軸に、見るもの、聞くもの、感じるものだけが花咲いている。
 話題は、だから仕事であったり、お金であったりする。自分の健康への不安のようなものも、そのままにさらけ出す。夫の健康不安の問題も垣間見えるけれども、それがメインにはならない。多くの優れた女友達が登場するが、よい関係を築いているように見える。しかし、世の中では付き合っていかねばならないいろいろな人がいる。そのおつきあいの知恵なども、ちらちら現れる。
 そして本書のテーマである「こわい」ということで、やはり締め括らなければなるまい。そこに悩みや不安はあるけれど、そこにこだわり、あるいは捕らえられてしまうようなことは損である。ある項目のタイトルは、「悩みは解決しないけれど、プリンを作ってみる」となっている。この感覚である。こうしたトリップは、私の中には見当たらない。ねちねちと考えて、悶えながら何かにすがりつくことはできないか、と手を伸ばすのがせいぜいである。
 最後のほうには、「自分を離れて、幸せへの道をひっくり返す」というようなタイトルがあり、これはいろいろな視点をもつことができたらいいね、という辺りに落ち着く声である。決して、たんなる井戸端会議ではない。人のうわさ話に花を咲かせるようなものではない。自分の生き方というものを明るくするために、何かしら幻かもしれないようなものに耳を澄ませ、煩わしさのために聞き損なうかもしれないようなものに気づくこと。それを、自分が輝くように用いる術を学ぶこと。それが、大言壮語するものではなく、いまここで手を伸ばせば始められるようなこととして、並べられていく。それも、著者自身の体験によって確認されたことばかりなのである。
 119頁から紹介されている「エクエル」は、我が家にも毎月届いている。こうした共通項が、本書のどこかで、きっと見つかるであろう。それほどに、具体的で、そして幾度も肯くことができるような、温かな血の通うお喋りに満ちていた。女性ならずとも、楽しませて戴いた。




Takapan
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