本

『トン考』

ホンとの本

『トン考』
とんじ+けんじ共著
アートダイジェスト
\2200+
2001.5.

 ブタへの愛に満ちた本である。それ以外に説明する言葉をもたない。副題は「ヒトとブタをめぐる愛憎の文化史」と付いており、英語でトップに「Like it or not, It's Freind-Pig」と掲げられている。文化史という語はないが、英語で副題のエッセンスを伝えているものと言えよう。
 どこからどのように話してよいか分からない。結局何をも話せないのではないかと思う。そこで私のブタとの触れあいから始めてみる。それは雑貨屋で出会った、ブタのぬいぐるみであった。丸顔ではない。洋風の細面であり、耳が大きい。モデルはピグレットと呼ばれるタイプのブタではないかと思う。一目で気に入った妻も、買わなくていいなどと強がっていたが、それは必ず後悔することが分かっていただけに、私が買うと決めた。以後、誰よりも愛すべき子として、毎晩共に寝る相手となった。そして、その大きなサイズをママとして受け容れるようにもなり、ブタのグッズがわが家に次々と流れこんでくることとなった。
 しかし、そんな私たちなどちゃちである。本書の最後には、とてつもないブタ愛に溢れた方の事例が載っている。しかし本書はそういう本ではない。各国大使館を務めた方と、大手化学工業の技師とが、ブタについての粋を極めたと言えるほどの本なのだ。とにかく表紙から細かな字の説明が入り、表紙をめくるとブタを表す語の辞書の説明が現れ、中国語の表記、ブタ肉料理のカタログがぎっしりと集められている。これが終わりの側に回ると、エジプトのブタ年表とトンパ文字にブタ曼陀羅とくるから、もう中を読んでいないと何も分からない。
 このエジプトというのは内容的に深いものがあり、そこで記録が遺っていることから、ブタと人間の関わりを説くのに、大きな柱となるのである。他方、中国ももちろんそのひとつの柱だ。なんとなくイノシシが飼われてブタになったのだ、というような通説はここでは役に立たない。とにかく手に入るあらゆる文献を知り尽くした方々であり、現地に取材しているのである。元大使である。世界に足跡を残すからには、ブタについて直に知る機会も多々あったことだろう。
 ブタにまつわる神話は数知れず、ヒトとブタとの長い関わりが偲ばれる。それに触れ始めると、この紹介文は長編小説になりかねない。
 ブタのタブーという、回文を洒落たタイトルの章もある。ブタに乳を与える人間の女性や、ブタに口移しで餌を与えるような文化すら見つけ出すのだが、中東ではこのブタが禁忌の動物とされた。この加減を知るために著者は、聖書をくまなく読みあさったというから畏れ入る。さらに、コーランもである。エジプトの神話なども参考に入れながら、推測に過ぎないなどとは言いながらも、相当に説得力のある説明を施してくれる。しかし極限状況でブタの肉を食べることを認めている内容がコーランにあるなどと調べてくると、目から鱗が落ちる気がするし、モーセ(本書では英語読みのモーゼで通している)の律法がブタを禁忌としたのは、エジプトの文化からイスラエル民族を切り離す必要があったからではないか、と言われると、私も引きこまれてしまった。
 ついでに、イエスが悪霊をブタに乗り移らせて崖から自殺させたことにも言及されているところがあった。タブーなる動物のブタに悪魔が入り死んだのは結構なこと、などと思われるかもしれないが、悪霊がブタに入った時点で、ブタは凶暴になり、周囲の人間を殺したり村を荒らしたりするようになったかもしれないので、そうならないようにとブタは人の悪や罪を背負って、湖に飛び込んだのではないか、というのである。さらに、ブタは、人間を生かすために、ひとつしかない自分の体を与えている、そんな真似は人間にはできない、こういったことが言われると、なんとブタは尊いものなのだろうと涙が出て来るほどである。
 ブタの科学から、歴史的社会的に人間と関わってきた事柄、肉の知識から実は掃除屋として活躍することがあるなどと、とにかくブタにまつわるあらゆる知識がここにある。最新の医学にどんなに役立っているか、どうしてそんなことができるのか、こういったことにも触れられており、ブタまるごとの百科事典であり、知恵の集大成であるようになっている。
 最後に、このブタが残飯を食することに触れ、人間が膨大な食糧を無駄に廃棄している中で、ブタがなんと食糧が無駄にならないように貢献しているか、が説かれていたことを以て、ブタを尊敬すべきであるという辺りで、筆を擱こうと思う。




Takapan
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