本

『時の罠』

ホンとの本

『時の罠』
辻村深月・万城目学・湊かなえ・米澤穂信
文春文庫
\460+
2014.7.

 人気の作家たちのアンソロジー。テーマは「時」。ファンの方はもちろんだが、このテーマに惹かれて手に取る人もいることだろう。私もそうだ。比較的短いものが四つ揃い、そのテーマで楽しめる。こうした企画はなかなかいい。特定の作家のファンからするとまた違う印象であるかもしれないが、テーマで読むというのもなるほど面白いものだ。
 しかし私がしばしば「時」というテーマで求めるものは、よく映画になるようなストーリーとは違う。それは、人生をやり直すことができるとか、死んだ人とまた会えるとかいう設定である。一度きりの人生を、再びあの時に戻ってやり直すことができたら、という願望が人にあることは認める。それを一概に悪いとは思わない。だが、それができないからこそ、それができたような安易な物語には、入っていけないのである。また、タイムトラベルの物語には、どうしても矛盾設定が起こってしまう。物理学的にもそれはないということがいまははっきりしているから、お伽噺として純粋にただあっけらかんと楽しむのならさほどこだわらないが、真摯な問いかけや悩みを主人公が時間旅行の中で経験することが、どうにも楽しく思えないのだ。その点、バック・トゥ・ザ・フューチャーはただのエンターテインメントとして面白かったと言えよう。それは自分自身の問題として重ねるものでなく、突き放してお楽しみとして見物させてもらえるだけのものだからだ。しかししばしば日本で描かれる時間旅行は、たいそう深刻で、自分だったらどうするみたいな勢いで迫ってくるから、矛盾の中で醒めてしまうのだ。
 長くなったが、本書の中にある「時」の作品は、幸い、そうした類のものではなかった。いや、皆無ではないが、最初の「タイムカプセルの八年」などは、小学校でよくあるような、二十歳になったら掘り出しましょう、というようなタイムカプセルを巡る出来事とその思いを描き、きわめて現実的な話である。しかしその中で、時というものをどのように私たちが思い、時の中で悪い思い出を解決できるのか、またそのブランクを超えてまた結びつく心というものがあるのか、などを考えさせる。水に流せないこと、時が解決しないこと、そんなことも思い起こすが、事件を通していっそう分かり合えるということも、確かにあるものだと思う。
 二つめの「トシ&シュン」はその点、ファンタジーである。しかし語り手の設定が面白く、別の人生があったとしたらどうなるか、という課題も、舞台の上での演技を観客として見ているだけの状況に設定できるので、楽しむことができると思えた。
 三つめは「下津山縁起」。不思議な話だ。きっと背景にある文学や事情を知る方にはたまらない魅力があるのだろう。私はさっぱり分からなかった。山が擬人化して法廷劇となるようなのだが、すべてが断片的で、その世界に入るものを選んでいるかのような構成なので、これは趣味の合う人が楽しんで戴きたい。
 四つめは「長井優介へ」といい、これもタイムカプセルものだ。最初のものが私にとり実感があったので、再び同じような題材となったとき、少し新鮮みが失せたが、音がすべて3秒遅れて認識されるというその聴覚は、発想としてユニークだと思った。そのことでえらく誤解を招き、疎外される主人公が、受けた誤解をさあ未来の中で解くことができるかどうかというあたりだが、ちょっと先が見えたふうでもあった。
 比較的薄い本でもあるし、しばし現代の作家を体験してみたいとあらば、ひとつの好い機会となるかもしれない。この読書の時間が、時の罠となるのかどうか、それは読者次第でもあるだろう。




Takapan
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