本

『地の基震い動く時』

ホンとの本

『地の基震い動く時』
岩井健作
コイノニア社
\1800+
2005.9.

 岩井健作牧師の説教集である。本書は2005年コイノニア社発行ですが、その会社が現在存在しないので、お求めの際には、中古本で探すことになることと思う。2016年現在、実際かなり安く入手できる。私はネットでなく店頭で買ったので、同じ中古本でも、それよりいくらか高い価格で買ったことになるが、すぐに読み始めたので、それはそれでよかったと考えている。
 日本基督教団神戸教会牧師当時、著者は阪神淡路大震災に見舞われた。
 しかし、日曜日はやってくる。翌週の主日礼拝での説教から、しばらく語られた毎週の説教がここに載せられている。それは用意した原稿であるという。語られた言葉を録音から起こしたものではないという。ある程度本を意識したような方法だが、実はこれは、震災に遭って、教会まで足を運べない信徒たちのために、礼拝説教を文字にして届けるということをしていたことから、読み物として意識した形なのだという。アドリブで話したことも礼拝の中では当然あるのだが、それを交えず、元より話したかったことをきっちり伝えることを優先することにしたのだそうである。
 それにしても、毎週説教は続けなければならない。そこで何を語ればよいのか。神からどんな言葉を戴くことができたのか。教会は、幸い建物は存続していたのだが、一部痛手を負ったことは間違いないし、なによりも、その場が遺体安置所となったとあっては、平常の風景ではない。
 そこで牧師が見たものは、壊れた物ばかりではなかった。傷ついた心を目の当たりにする。愛する家族を失った信徒がいる。地域の人々も、皆同じように苦しんでいる。そこへ神のことばを届けることから逃れるわけにはゆかないのだ。言葉をかけたり、また、慰めの言葉として説教をしても、それは違うと思う、と遺族に拒まれることもある。直接その経験をしていない限り、いかに牧師といえども、いかに被災者の独りであろうとも、十分に理解できない部分があることを著者は知る。そして、まさにそれを教えられた、と答え、メッセージを考え直す。小さな言葉の言い回しに、自分の思いの足りないところを痛感もする。
 だがまた、気づく。イエスは違った。とことん、誰にも寄り添うことができた。そしていまもなおできる。真に人となられたというのは、そういうことである。傷ついてぼろぼろになった救い主は、どんな被災者の上にもどんな不条理を嘆き悲しむ人の上にも、神として共にいてくださる。祈りの中でそれを教えられつつ、また説教者は、礼拝の中で語る言葉を見出していく。
 本書の発行後、東日本大震災を、私たちは見た。そして2016年、熊本や大分などにおける甚大な地震を経験する。いまあらためて、阪神淡路大震災と教会の姿に、目を留め、捉え直すことが必要となっているような気がしてならない。そのとき、マスコミも伝えていた。「何が大切であるか分かった」という被災者の言葉があった。だが、時が経つにつれ、それは忘れ去られていった。たしかにバブルははじけたが、人々はまた日常の中に戻っていった。地震なんか、そうめったに起こるものではない、と高をくくっていた。もちろん、中越地震など、大きな地震はあったが、阪神淡路大震災よりももっと局所的なものでしかないように受けとめていたのではないかと思う。そこへ、東日本大震災が起こる。広範囲にわたり津波という事態で被害が及ぶとき、それは他人事とはならなかった。また、阪神淡路大震災のときにも、東京では、よそ事のようにマスコミが報道していたのを私は知っている。その週に出された週刊誌が、もしも東京だったら、という記事を大々的に出して売ろうとしていたのを、私は忘れない。だから、東日本大震災で、そして原子力発電所の事故があり東京電力が当事者となったとき、ようやくこれは現実なのだというふうに受け取られたようにも見えた。そしてそのときまた、「何が大切であるか分かった」という言葉が同じように聞かた。――だがまた、少し時間が経てば、私たちは何度でも忘れ去ってしまう。罪を悔いても、いつの間にかまた元に戻ってしまうかのように。
 説教であるから、聖書の箇所が中心にある。そして説教というものは、その聖書を説き明かすものであると言われている。だが、本書に収められている説教は、必ずしも聖書講解ではない場合がある。神学的な探究とは言えない面があるかもしれない。けれども、これはやはり説教でだ。ひとの心に迫る、神のことばとして、受けとめることができる。私たちはつねに災害の中に、あるいは余の不条理と思われる出来事の中に置かれているというのであれば、このときの切実な神との対話を目の当たりにすることで、イエスがどんな方であったのか、改めて見出させて戴くことができるような気がしてならない。




Takapan
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