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『大関和と鈴木雅の人生』

ホンとの本

『大関和と鈴木雅の人生』
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\1100+
2026.3.

 2026年3月、NHKの連続テレビ小説、通称「朝ドラ」で、「ばけばけ」が終了した。小泉八雲夫妻をドラマ化したものだが、八雲ことラフカディオ・ハーンは、キリスト教会の姿を激しく批判し、日本の文化に安らぎを見出す人生を送った。
 この「ばけばけ」に続いて放送が始まったのが、「風、薫る」である。こちらは、明治期に「看護婦」という職業を偏見からリスペクトすべきものへと建て上げた二人の女性の物語である。大関和(ちか)はキリスト教信仰を柱とし、植村正久に導かれていた。鈴木雅(まさ)もキリスト教の中に生きた。
 いよいよドラマが放映されるにあたり、雨後の筍のように、大関和についての本がたくさん現れた。ひとつのブームであり、販売戦略であろう。私は、ドラマ化決定前に、ドラマの原作本を読み、多方面に宣伝していたわけだが、その後それが朝ドラになると決まったときには、事の大きさを改めて宣伝したものだった。だが、世間が騒ぎ出すと、私はそれに乗っかるように見えることはしたくないと思い、あまり言わなくなった。田中ひかるさんの原作は、植村正久や矢島楫子のこともよく描かれており、また和と雅の関係も、分かりやすく、しかし心の奥底の動きもよく分かるように伝えてあり、ドラマ化するに相応しい原作であろうと思われた。
 本書も、筍のひとつであろう。表向きも、朝ドラのヒロインだということを掲げ、「日本初の職業看護師」だとか「時代を変えた二人の絆」だとか、いかにも関心を惹くような言葉が鏤められている。私に言わせてみれば、「品がない」のではあるが、それでも私が買ってもよいか、と思ったのは、原作の小説にはない魅力があったからだ。
 それは、写真である。
 表紙には、いちばん有名な集合写真が大きく載せられているが、それにも増して、関連人物はもちろんのこと、舞台の風景写真や、当時の図版写真など、ふんだんにビジュアルな資料が置かれているのがよいと思ったのだ。これはさすがに小説にはない。
 時折それは、ただの空想のイラストであったり、単なるイメージ用としての写真であったりもするが、普通よく使われる以外の和などの写真も見られ、よく集めてくれたと感心した。
 見開き2頁の右側は、上に見出しと文章で下に写真かイラスト、左側は、上に写真かイラストで下に文章。この形式で、最後の僅かな資料の頁の他は、定型的に組まれている。
 これはナイチンゲールも同様なのだが、傷病者の看護をする女性は、軽蔑的な目で見られていた。ナイチンゲールが1820年生まれ、統計学的手法によって学的に認められたのが1860年前辺り。大関和はちょうどその頃に生まれた。ナイチンゲールの評価が定まってきていたものと思われる。それでドラマでも、「トレインド・ナース」という呼び名で、職業的に訓練された看護婦が一定の地位をもつ存在となってゆく様子が描かれることになる。
 本書では、原作書と同様に、和を中心に置き、その生い立ちが説明されるところから始まる。その詳細をここで紹介することは控えるが、英語学習を発端としてキリスト教信仰を与えられ、看護の道へと進み始めるまでが丁寧に映し出される。いろいろな人との出会いがそこにあったことが、頁を改めて次々と書かれるのだが、その点、小説よりも関係性を掴みやすく、これから小説を読もうとする人にとっても、頼りになるのではないかと思われる。
 そう。私が本書を手に入れる気持ちになったのは、その資料性によるのだ。単に図版がある、というだけの意味ではない。文章でそれなりに丁寧に辿られ、そして見開きに整理されてとても見やすく、開きやすい構成になっている。
 和は、現場で働くというよりも、「看護婦長」として教育にあたった功績が大きいと思われる。それはナイチンゲールもそうである。
 英語の達者な雅とは、どこか相反する性格をもちながらも、看護婦の地位の向上のため、看護という仕事が世に評価されるために、努力を惜しまなかった。それぞれに不安定な家庭事情を抱えながら、和も雅に支えられているという思いの中で、職務を全うする。
 和は、その家族についても安泰であるのではなかった。その悲しみの中で立ち直れそうにないときにも、看護への使命を止めることはなかった。そして最後に、関東大震災に遭遇する。それが実質和の最後の仕事となった。
 本書は、題を『大関和と鈴木雅の人生』としながらも、原作小説に則り、大関和を軸に辿っている。恐らく小説を下敷きにして、そこに出てくる事柄の資料をあちこちから集めたのであろう。
 必ずしも、独自の成果をここに出しているようには見えないのであるが、小説を読み解くのに必要な背景が、よくまとめられていると思う。最後の、「和と関わりがあった著名人たち」というところには、歴史上の蒼々たるメンバーが名を連ねている。大山捨松は、同じ朝ドラの「あさが来た」に登場し、大切な役割を担った。他の作品でも、「花子とアン」や「エール」、「あんぱん」や「チョッちゃん」など、キリスト者やその信仰が扱われることが少なくなかった。残念ながら、信仰はほんの飾りのようにしか扱われないことが殆どだったが、さて、「風、薫る」ではどうなるだろうか。
 時代の中で大きな役割を果たしたが故に、クリスチャンとその信仰に触れることが多かったのかもしれない。さて、今後、いまのクリスチャンは、ドラマのモデルとなり得るのであろうか。




Takapan
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