本

『小さな恋のうた』

ホンとの本

『小さな恋のうた』
平田研也
講談社文庫
\660+
2019.3.

 MONGOL800のヒット曲のタイトルをそのまま題にした映画のノベライズである。
 しかし映画の封切りに2カ月先立って発行されている。映画の脚本を書いた方が書き下ろしているから、映画の感動と同じ波長のままに読むことができる。あの場面の背後にはこうした考えがあったのだ、と知ることもできる。映画のノベライズを読む目的は、その辺りにあると言えるだろう。
 だが、えてして、映画を観たときには涙が出ても、小説となれば振り返るばかりなので、そこまではいかないものである。それが本書については違った。小説でまた泣くのである。
 元の歌の説明でもないし、バンドの実話というわけでもない。しかしメンバーの出会いを何かしら反映するかのように、音楽好きな高校生が、まさにバンド(結束)していくドラマを描いている。
 ネタバレになってはいけないので、ここでストーリーを紹介することは控えるが、映画では、主演の佐野勇斗くん自身、この仕事にはほかの映画出演ではなかった感動を覚えたとテレビで漏らしていたのは本当だろうと思った。なんというか、言葉にできない感動を感じたのだ。それは、これまで見たどんな映画にもなかったようなものではないかとも思っている。それは、私が音楽が好きで、また沖縄病にかかったことがあるほどだから、なおさらなのかもしれない。そして、高校生たちのピュアな、魂をこめた言動が全編に続くことで、揺り動かされたということによるのではないかと思う。
 学校の先生や一部の親は、それを認めない。なかなか理解してもらえない。というより、大人の建前や立場からしか見ることができない。もちろん、彼らは悪人として描かれているわけではない。ただ、大人の常識は、若い一途な心のように真っ直ぐに進めないのだ。しかし物語には、スタジオを管理する、いい大人が登場する。世良公則にしかできないような役だった。
 話はその構図だけで進むものではない。スタートしばらくしてから、決定的な出来事が起こる。どん底に落とされた彼らが、絶望の中から立ち上がる。それは、マイという女の子の、秘めた思いからくるものだった。こういうと恋愛ものだと思われそうだが、マイについてはそうではない。彼らの思いは、米軍基地の中に住む女の子リサとの関係に向かう。隔ての壁ならぬ隔ての金網を通過するものがあった。それは音楽を聴くイヤホンであったし、なによりもバンドの音楽そのものだった。金網が消える風景は、現実のものではないのだが、それを既に心で成し遂げた高校生たちの思いが、小さな恋を届ける。
 そう、届けるのだ。心が届く、それは音が届くこととも重なる。言葉に乗せて届くのはもちろんだが、日本語で何と言っているか分からない中でも、心底伝わるものがある。つながるものがある。
 沖縄に巣くう問題そのものは、映画の中では解決しない。継続中であり、それが沖縄の現実なのだということを、私たちに遺していく。だからこの先、沖縄を引き受けていくのは、映画を観た人々一人ひとりなのだ。とくに若い世代に、沖縄の抱える問題を知ってもらえたらうれしいと思う。しかもこの映画には描かれないが、その向こうにまた、沖縄戦というものがあり、その前に琉球処分なるものもある。沖縄は、美しい能天気な島ではないのだ。
 いい映画だった。そのサウンドを除けば、本書に背景なり説明なりは十分加えられている。脚本家が、ともすればノベライズは小説を書くライターに委ねる商業上ありがちな事態をよしとせず、誰にもこの物語は渡したくなかった、と言ったほどである。その思い入れ、少し分かるような気がする。
 少し引用めいたメモをすると、沖縄の地にいろいろな国や人種の子供たちが集まっていたのを見て、人を好きになればフェンスなんて消える(p129)と亮多が思えば、親に連れ戻されるリサを見て、さっきまで一つの音楽を二人で聴いていたのに、またフェンスの向こうが遠い世界のように見えた舞(p169)。そのリサはと言えば、ライブへと基地から外へ出る危険を冒す決意をして、明日自分の意志であのフェンスを越えるのだと自らに言い聞かせる(p202)。沖縄での恋を阻む金網がずっと隔てとして眼の前にあったのだ。そして最後にバンドがリサに聞かせる演奏のとき、フェンスの金網を通り抜けて、基地のほうが吹いてくる風を三人は受ける(p267)。他方、舞は音楽がたくさんの大切なことを教えてくれたこと、お兄ちゃんからその大切なことを教えてもらったのだと初めて父親に反抗して叫ぶ(p237)。その兄との最後の言葉を探していた舞は、「バンドでなきゃ、わからないことがあんだよ」という兄の声を思い出し、それこそが最後の言葉だったのだと、ギターを鳴らしながら気づく(p182)。
 届け。あなたに―
 そのフレーズは、一読者である私と妻とには、届いていると思う。「小さな」ものであるからこそ、分かるものがある。自分の小ささを知るからこそ、信じるということが分かる。小さなこの恋のうた、やさしい歌が、世界を変える。すぐそばにいる大事なひと、そのひとに届けばいい。それだけで大変なのだし、それだけが、真実であるとも言えるのだ。
 こんなにいい映画はなかった。ありがとう。




Takapan
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