本

『地域と繋がる大学』

ホンとの本

『地域と繋がる大学』
神戸学院大学
中公新書ラクレ683
\880+
2020.3.

 サブタイトルに「震災から何を学んだか」とあることで繙いてみた。日本標準時子午線が走る明石市の天文科学館にあった大きな時計が震災で止まった。それを廃棄するかどうかという瀬戸際で、神戸学院大学が引取り、キャンパスに据えて地域の共有財産としたのだという。このとき、震災の時刻で止まったその針をそのままにしておくか、動かすか、議論があったようであるが、結局前へ進もうという思いから、時を刻むことにしたのだそうだ。
 本書は、その大学が、この震災の体験を繋いでいくために、災害にどう対処するか、とくにこの地域の中で、地域のために何ができるかという立場から、学び、そして社会に生かしていくかという大学教育を紹介するものである。だから特定の著者というよりは、「神戸学院大学」の著ということになっている。
 現場で開かれているゼミや活動の内容が、細かくレポートされる。「防災女子」「シーガルレスキュー」「学生消防団」など、聞いただけではその活動が分からないものの内実が開かれていく。これは大学にとりよい宣伝にもなるだろう。たんに大学紹介でその名前が連ねられても、受験しようとする生徒には分からない。それが、とても魅力あるものとしてここに紹介されるから、大学の株を上げるのに大いに役立つことであろう。もちろん、そのつもりで制作されていることも明らかなのであるが。
 私は震災との関連でこの本を手に取ったのだが、最初にそのことが紹介された後に、ホランティアの眼差しは、とにかく地域との繋がりへと移っていく。その一つひとつをここに挙げることは遠慮するが、よく言われる「地域に開かれた大学」というのが、具体的にどのような形で可能になるのかを教えてくれるような気がした。大学というところが、学問の研究にあるという一面は大いにあるべきだと私は思うが、このように人々に仕えていく道がどのように敷かれるのか、どのように辿られていくのか、その実像を知るにはもってこいのレポートであると言えるだろう。
 しかし、この地域というのが、神戸近辺だけで終わるとなると、残念でもある。世界を繋ぐ働きもこの大学にはある。そのたには、語学教育が欠かせない。大学入学時には、どうということのない英語力だった学生が、語学教育システムにより飛躍的に伸びていく様子が宣伝される。いや、これは確かに宣伝だろう。そして、宣伝してよいと思う。それは大学のみならず、企業でも、またその他教育機関でも知りたいのだから。それは特徴的なことに、機器やテキストの改良ではなくて、実際的なコミュニケーションのようである。小手先の英語ではなく、人材育成の一部としての英語教育となっていく。それは国際文化の理解そのものでもある。全くその通りだと思う。
 こうなると、語学だけの問題ではなくなる。医療・福祉の専門家の育成は、ひとつの専門分野を究めるという形でなされるものではないだろう。いろいろな分野の専門職の交わりから、協力して総合的に営まれていくものでなくてはならないと思われる。
 しかし神戸では、大学の数は比率的に多いにも拘らず、就職するときには東京や大阪などの大都市に流れていく実情があるという。できるなら地元で活躍できる学生を生み出したい。また、退学する学生がいるというのももったいない話である。その学生にとっても、退学しないで済んだほうがよいのではと思われるケースが多々ある。学生を援助するシステムも紹介することで、もう安心してこの大学へいらっしゃいということになる。そのためには、先輩諸君に、ぜひ「失敗した話を」聞かせてほしい、とも言っている。成功談が学生に必要な時もあるが、失敗からどうやって立ち直るか、それが本当の学びなのだ、という姿勢を表明するのである。
 さあ、大学というところに、魅力が感じられるようになっただろうか。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります