本

『あぁ、阪神タイガース』

ホンとの本

『あぁ、阪神タイガース』
野村克也
角川oneテーマ21
\720
2008.2

 サブタイトルは、「負ける理由、勝つ理由」とある。
 さしあたり、この2008年の出版当時に読むのが旬である。今のプロ野球の状況をきっちり書いているので、時がたつにつれ、鮮度が落ちる。あるいは、ここで将来のことがどうなるか懸念されているので、いつかその通りになったのかどうか、調べられる価値はあるかもしれない。
 選手としての実績が一流で、監督としても驚異的な働きをなしている著者である。マスコミ相手にサービスも十分だが、他方、誤解されやすいところもあるだろう。理論的な野球を提唱し、ヤクルトで古田捕手を教育し、最高の捕手に育て上げた。この本でも、知力の必要さは十分伝わってくる。
 話題は、阪神タイガースに絞っている。が、それはまた、讀賣ジャイアンツとの対比の中で語られる。著者自身、京都府の山間部の出身であるけれども、阪神ではなく、巨人のファンであったという。ファンだから意見が偏るとかそういうことはない。実に冷静に、それぞれのチームの立場や状況を分析している。
 阪神タイガースが野村監督であった3年間、チームは最下位を続けた。しかし、それを引き継いだ星野監督が、久しぶりの優勝を成し遂げて勇退したのは記憶に新しい。マスコミに出てくる表向きの姿しか知らない一般の人々は、イメージで判断するかもしれないが、背後で何が行われているのかは、分からないものである。それでも、野球という、比較的情報がよく外部に流れている分野にあっては、このような話が打ち明けられると、読むほうもなるほどとよく理解できることが多い。
 野球の好きな方は、読んでのお楽しみである。ここには、戦後野球史が、阪神と巨人を通じて、あるいは時に著者の在籍した南海を加えて、語られる。プロ野球がどのような道を通ってここまで来たのか、知るような思いである。
 そもそも、本の最初にあることなのだが、阪神は優勝せず二位くらいが一番いい、というのは、ファンにとっては常識ともなっている。意味の分からない方は、本をお読みください。また、本には触れられていないが、以前関西では、「阪神悪女説」というのがあった。喩えは悪いかもしれないが、面白い。悪い女と分かっていながら、そこから離れることができん……のだそうだ。
 野村監督が、意識改革をして、数々のチームを変えてきた。あの阪神さえ、野村監督がいなかったら、また違った展開になっていたのではないかと思われる。今また、楽天を変えようとしているので、今年のプロ野球を見る目がまた面白くなってくる。阪神もまた、変わりつつあるようだ。
 しかしまた、ここに記されているのは、野球をやる側の論理だ。勝つこと、そのために何をするか、という野球を愛する側の論理である。それがすべてであるならば、野村監督の知的な闘いは、まさに野球の粋なのであろう。が、他方で、それをビジネスとして扱う側の論理からすれば、ただ勝てばよいというわけではない別の要因が入ってくるから、この本のようにいわば純粋に野球を愛する人の論理は、背後に退けられなければならない性質のものともなりうるであろう。
 もしかすると、この野球というスポーツがこれほどに人気があるのは、エコノミックアニマルと化した日本人にとり、それが企業戦略と重なっているからであるかもしれない。だとすると、逆説的に、野村監督の提言は、ビジネスの戦略として採用しなければならないことになる。このあたりの構造について考えてみるのも、また面白い。




Takapan
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