本

『手塚治虫と戦争』

ホンとの本

『手塚治虫と戦争』
手塚治虫
手塚眞監修
小学館
\2500+
2023.8.

 手塚治虫の長男として、手塚眞氏は、クリエーターとして活躍している。彼がいくらかの文章を以て幕間のお喋りを担当しているようなもので、殆どが手塚治虫のマンガである。400頁を超える分厚さであるが、さほど労苦なく読み進めることができる。知っている作品もあったが、名前しか知らなかった作品にも触れることができて、私は喜んでいる。
 喜ぶとはいっても、これは「戦争」をテーマにした編集である。ウクライナへのロシアの侵攻がひとつの契機となっていることだろう。ただ、マンガ家になる道の中で、手塚治虫にとって戦争というものは、非常に大きなインパクトを与えたものであった。戦禍の中で工場の片隅でマンガを描いていた、などということは、本書でも触れられているが、「手塚治虫の戦争漫画」などというタイトルで、いくつかまとめられた本がある。それらは、如何にもの「反戦」とは一線を画することだろう。当事者が、静かに物語る中で、読者の心に、戦争の醜さや愚かさを湧き起こすように導く、というのが、アーチストの業であるのかもしれない。
 眞氏が「まえがき」で記していることを参考にすると、「人の生死や悲しい場面、現実社会の不条理、逃げ場のない辛い状況などを子どもマンガに取り込」んだ父の仕事は、父がそれらを生涯問い続けたものの現れであったのだろう。戦争だけではない。差別や虐めもそうである。「それに対して疑問を感じ、その矛盾に立ち向かっていかなければならない」という誘いを以て、本書を開くように促されている。
 手塚治虫は、たくさんの文章を以ても、こうしたことを訴えている。よくぞあれだけの短い(と言ってよいだろう)生涯の中で、マンガやアニメはもちろんのこと、文章と講演を重ね、その合間によくぞまた教養を身に着けていたのか、と私は信じられない思いである。その生活ぶりの猛烈さもいろいろ聞いているが、人間業とは思えない。「神さま」と人のことを称することは私はしないが、それに匹敵するような仕事をした人がいるかといえば、私はこの人しかいないとさえ考えている。
 すでにあちこちでお伝えしているが、私は幼少期に読んだ『火の鳥』により、人生が選ばれた。最近も、インターネットで、テレビ放映された『火の鳥』を全部見た。アニメの限界であろうが、手塚本人の描いたものを、相当に簡略化しなければならなかったのは仕方がないだろう。実に複雑で伏線に満ちている原作を、多くの人に見て戴きたい。
 次が『ブラック・ジャック』である。生命とは何か、という思弁的なライフワークを扱ったのが『火の鳥』なら、その生命に人間がどのように立ち向かうべきか、扱うべきか、そこを問い続けた『ブラック・ジャック』は、実践的な、より人間的な次元でのアプローチであると言えるのではないか、と感じている。
 そのどちらからも、本書には転載されていて感慨深い。また、最後に簡単ながら「解題」が置かれ、「戦争用語集」が付けられているのは、特に若い読者に対するメッセージとも受け取ってよいのではないかと思う。これを、思い出話としてはならない。年寄りの昔話ではないのだ。これからの時代のために、誰もが考えなければならないことの、ひとつの形である、と考えてもらいたいのだ。文学や芸術は、そのためにもある。目先の政治や経済の問題では、道を逸れてしまうかもしれない故に、その先のものを見つめること、また現在のなにげないものの内に潜む危険というものに目を注ぐこと、それらに携わる、極めて重要なことであるのだ。
 人はパンだけで生きるのではない、ということを、改めて実感する機会でもある。読まれてほしい。考えてほしい。却っていまでは見えにくいことを、こんなにも天才漫画家が、命を懸けて訴えていたことを、知ってほしい。一読者として、私もまた、このように願うばかりである。




Takapan
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