本

『人生に哲学をひとつまみ』

古今東西の哲学者に学ぶ「考えるヒント」
ホンとの本

『人生に哲学をひとつまみ』
古今東西の哲学者に学ぶ「考えるヒント」
生井利幸
はまの出版
\1,300
2003.1

 哲学は、潜在的に求められている。哲学者の思想をごく簡単に紹介する本が何種類も出回り、そこそこ売れているらしい。人々は、哲学に魅力を感じている。それは、なにも論理を極めようとするからではなく、混迷の時代の中で、何か原理として通用するものへの眼差しを感じたいという、素朴な動機からであるように見受けられる。人生の疑問から、というのもないわけではないだろうが、多分にビジネスに活かすため、経営を立て直すため、部下の心を掴むためなどに、哲学に救いが求められているのではないだろうか。
 私が哲学あるいは哲学史を学んだころには、哲学史のコンパクトな解説書は実に限られていた。大学院の入試のために求めたときにも、これしかなかろう、という程度の本を手にしたのだった。それも、型どおりに旧来の順序で、旧来の教科書的にまとめられた、哲学用語の羅列したものばかりだった。
 今も、通り一遍の記述がないわけではない。だが、執筆者の世代が変わり、たんなる歴史的哲学者列伝だけでは書く方も魅力を感じないのか、さまざまな視点で過去の哲学者が語られるようになってきた。この本もまた、その部類に属する。
 哲学史の説明を期待するならば、この本は間違っている。カントならカントの思想の、いわゆるポイント的な説明は、皆無である。そうではなくて、日本人としてこの国際化時代の中で、人生に問いを感じたとき、じっくり思索というものをしてみようと思ったとき、この哲学者はどんなところに注目したら何かのヒントになるだろうか、という程度の触れ方である。たとえばそのカントについては、人間には尊厳性がある、という点だけしか述べられていないのである。だが、それだからこそ、要するにカントという人は何をしたか、カントから自分は何が学べるか、という点では文句なく適切なのである。
 哲学的知識を得るためにはこの本は相応しくないが、自分が何かを思索するためのヒントを得るには絶好な本であるといってよい。そして、それはたんなる西洋世界の哲学に限らず、古代インドから日本の近代思想にかけても等しく取り扱っている。さすがにイスラムは持ち出せなかったが、西洋と東洋とを対比させるという旧来の方法をうまく用いつつ、真に日本という国を愛するとはどういうことか、について度々熱く語られている。愛国心とは、こういうものなのだという気がしてならない。福岡市の通知表に圧力的に掲載されているような、愛国心のレベルよりはるかに高次な愛国の精神が求められ、提案されているのはたぶん間違いないだろう。
 従来の哲学入門で苦い思いをしたことのある人は、新しいタイプのこの書に触れてみるとよい。著者は、オランダの大学講師を務めているという点だけでも、現に西洋の人々と触れあう中での、日本観を信じてみたくなるように思うのは、私だけかもしれないけれど。




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