本

『小説 天気の子』

ホンとの本

『小説 天気の子』
新海誠
角川文庫
\600+
2019.7.

 話題の映画ではあったが、私たちは前作「君の名は。」も見ていたし、こういうのは好きなので世間がどう反応しようが、見る質であった。そして、見た後に、小説も求めたという具合である。
 映画がどうとか、小説はどうとか、すぐに批評する人がいる。批評することで、自分が高みに立っているような錯覚を起こすのかもしれない。中には、作品が描こうとしていないことを見つけて、それを描いていないからダメだなどと言う。世間がなびくのが鼻持ちならないのだろうか、ケチをつけるためのケチということもあるわけだ。
 聖書を研究し過ぎて、聖書から神の言葉が聞こえなくなる人に似ている。それでは本末転倒とでも言うべきか。世界はどうあるべきか、ということを問題にしているばかりでは、自分の幸せを忘れてしまう。見失ってしまう。
 もしかすると、この「天気の子」は、そういうところを問いかけているのかもしれない。もちろん、映画はどう見ようと、自由だ。制作者は制作者で、言おうとすることがある。アニメ映画であれば、すべてのシーンは計算ずくで作られたものだ。偶然にできるという画や音はない。しかし、受け止めるほうは、どうでもいい。それぞれに、受け止めればよい。自分の問題として感じればいい。高いところから見下ろして、偉そうにすることだけを避けるならば、そこから自分はどうするかを考え、できれば喜びや希望を伴って、歩き始めることができれば、それでいい。
 だから、自分の世界というものを、真摯に考えることが必要なんだ。それは、他人に背を向けてわがままに生きることだとは思わない。目の前の小さなことを大切にすることができない者が、なんで他人のことを大切にしているなどと言えるのだろう。小事に忠実なる者こそが、大事に忠実になるのではなかったのか。
 目の前にいる君に、精一杯のことをする。夢中で、する。ここから、走る。若さというのは、そこにあった。なりふりかまわず、がむしゃらに、これが大切なんだ、と叫び、自分の痛みをも気にしなくなる。
 ストーリーをここで話すわけにはゆかない。しかし、映画を見た方はいらっしゃることだろう。そう、できれば映画を見て、それから小説を読むとよい。この監督は、小説という形でその世界を描いておいてから、映像表現を考えていく。これらの表現方法の違いについては、実はこの小説の「あとがき」に記されている。これも確かに「あと」というごとく小説を味わい、感動と涙とを少し含ませた眼差しで、読むとよい。あの場面は映画ではこうだが、小説ならこのように表現する、ということが、ひとつの映画理論の中で簡単に示されている。もちろん、それを理論として唯一のものとするつもりなどない。ただ、そのようにして自分は映画を制作しているのだ、というわけだ。
 さらに、音楽の良さについても、その音楽監督の「解説」が付いている。これはまた別の形で、なるほどと唸らせるものがあった。
 テーマソングは「愛にできることはまだあるかい」と問いかける。サウンドトラックCDでは、これの映画内の編集版と、楽曲としてのものとがどちらも楽しめる。クリスチャンだったら、愛にできることは「まだ」どころか、無限にある、と言いたいところだろうが、それは残念ながら肉としての人間ができることではない。その意味では、人間としてのクリスチャンは、「まだあるかい」と問うほうがむしろ適切であると考えたほうがいい。
 穂高少年と晴れ女陽菜の出会いと別れ、そしてその後の出来事。「君の名は。」と重ならないわけではないが、ずいぶん違うものがあると思う。豊かな生活の中でどこか空しさを覚えていたのとは違い、綺麗事ではすまない都会の汚さを十分に味わい、その中で透明な思いで大切さを見つけるこの映画とでは、たたずまいが違う。暗く、汚い一般の世界の中で、何か光をもたらすものを感じる。
 それは、ノアの洪水を思い起こさせるような描写であるにも拘わらず、絶望には至らない。「天気」とは、天の思いでもある。そして天と何かがつながった陽菜の物語は、キリスト者としての私の中に、確実に何かを振りまいた。響かせ、揺り動かした。神社が登場するが、陽菜は神社の柏手などは打たない。そこにあるのは、まるでクリスチャンのような祈りの姿である。
 そのようなあたりも見つめながら、私はこのCDの中でも、映画にあったあの曲を聞きたかった。「夢に僕らで帆を張って 来るべき日のために夜を越え いざ期待だけで満タンで あとはどうにかなるさと 肩を組んだ」というところですっかり様相を変えて叫ぶその曲の現れに、私は心が洗われる。この後この歌がどう落ち着くか、それは皆さまがそれぞれにお楽しみ戴きたい。もちろん、私はこの先も、大好きだ。いや、この歌に、すっかり励まされている。




Takapan
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