本

『次世代への提言!』

ホンとの本

『次世代への提言!』
日本クリスチャン・アカデミー関東活動センター編
新教出版社
\2100+
2020.7.

 これは素晴らしい。タイトルの最後に「!」が付けられているだけのことはある。これは「神学生交流プログラム講演記録集」というサブタイトルが掲げられており、10年分の、神学生交流の場で語られた講演がそのまま収められているものである。
 そのメンバーは、荒井献・小林哲夫・本田哲郎・関田寛雄・杉野榮・青野太潮・森一弘・並木浩一・石田学・神田健次・戒能信生。蒼々たるメンバーである。
 それぞれ、3月に三日間設けられたこのプログラムで、二回の講演という形式になっており、その初めには、講演者の証詞、と言えば少し趣が違うかもしれないが、人生を決める経緯のようなことが語られる。何かの主張をするというのではなく、ひたすら自分のことを語るのだ。つまり、ここに出席しているのは神学生であるから、神学生という立場から伝道者や牧師、司祭などへ進んでいく中での不安や希望などを抱えたメンバーが聞くに相応しい、講演者のそうした出発のときのことを、先輩として語るような意味合いなのであろうと思われる。これが実にいい。
 こうした方々の生い立ちや経緯については、他の著作や講演などでも、しばしば触れられるものではある。しかし、よほどのことがなければ、これほど長く詳しくは語らないだろう。というのは、人により異なるが、今回のこの講演は、1時間を下ることはないだろうというほどの分量があるからだ。ある方についてはその著作から、およそのことは存じ上げていたが、この講演の中では、ほかでは全く触れられていないような事柄がたくさん語られていて、実に驚いたものである。そういうことがあったから、あのように言っていたのだ、と納得できたようなことが多々あったのである。
 それというのも、目の前にいるのが神学生であるという情況があるからであろう。一般会衆を前にして、説教や講演を語るというのとは訳が違う。普段ならそこまでは言わないようなことに、深く、集中して話すことが可能になる場となっている。このような秘密裡に語られて然るべきような内容が、一冊の本となって公開されたのだ。これほど貴重な、そして面白いものはない、と言えるのではないだろうか。
 2009年から2019年までの11年間の記録である。キリスト教世界を引っ張る重鎮たちの、素朴なと言っては失礼になるかもしれないが、いかにも人間的な人生の歩みが示される。そこでは殊更に、神さまが何々をしてくださった、というような証詞はなくていい。しみじみと振り返るその人生に、神が伴っていることは、自然と伝わってくる。しかも、繰り返すが、他では語られていないような部分まで、みっちりとここに明らかにされているのだ。
 2日目の講演では、その講演者の得意分野からのテーマに沿った内容が語られている。数人の方は講演がひとつしか収録されていないが、概ねこうした形式になっている。それぞれ、キリスト教世界全般に対して、あるいは神学生がこれから考えていかなければならないであろう問題に対して、自分の得たところを存分に話すという感じがする。それはキリスト教における大きな問題であり、日本における深刻な問題でもある場合もある。極端に専門的な議論をするのではないが、だからこそ、普段は論文として込み入った議論を展開している人が、問題点をすっきりと示し、またその解決の手掛かりやデータを見せてくれるというのは貴重だ。それでいて、一定の訓練を受けて知識をもっている神学生が相手であるから、決して内容的に妥協はしない。だからこれは、優れた知識提供の場であると私は感じるのだ。つまり私のように、中途半端ではあるけれどもそれなりにキリスト教世界やその思想を見渡している者にとっては、なんとも有り難く、嬉しい企画だと言えるのである。
 しかしまた、私のようなひねくれた者は、こんなふうにも考える。いくら困難な経験があろうとも、ここに招かれた講師たちは、その後恵まれた牧会を営んだり、少なくとも何らかの業績を成した方々である。いわば、結果として成功した人が、かつて苦しんだというような体験を話しているにすぎない、そんな見方もできようかと思うのだ。100の失敗者がいる中で、10の成功者がいて、その10の成功者が、かつて苦労したのだと話すことは、まるでどんな苦労があってもきっと成功する、というような図式を提供することになりかねない、という罠があると思うわけである。失敗のまま終わった90の人の証言は、どこにも出て来ないのであるから。
 些か意地悪な見解を提供してしまった。何も本書は、そのような意図での語りを集めたものではないはずであるす。神学生たちへの励ましになったらそれはそれでいいし、それよりも、もっと注目してよいことがあることを私は見出したつもりである。
 そう、忘れてはいけない。これは「提言」である。つまり、問題とその解決、また展開は、当然神学生に対してではあったのだけれども、その上こうして出版されたからには、読者に、つまりこの私に対してもまた、投げかけられ、突きつけられているということである。本の帯には、「次世代の教会を担う人たちに贈る渾身の言葉」と大きな文字でインパクトある書き方がなされている。この「次世代の教会を担う人たち」は、講演の会場ではもちろん神学生たちであったことだろうが、今はもう、読者とこの私も、そうなのである。そうなってしまったのである。この「人たち」に、皆さまも加わって戴きたい。いや、もうそうした方々が当然多いだろうと思うのだが、本書に触れて戴きたい、という意味である。




Takapan
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