『自選 谷川俊太郎詩集』
谷川俊太郎
岩波文庫
\900+
2013.1.
2025年時点で、24刷を数えている。詩集がこれほど読まれるというのは、画期的ではないだろうか。2024年11月に亡くなったこの詩人は、絵本や歌詞などにも精力的に作品を発表し、その言葉の力を世の中に遺憾なくもたらしてきた。その詩そのものにも、当然力があった。苦労も多々あっただろうが、詩人としては恵まれた立場で居続けたのではないかと思う。
たくさんの詩集を出版した。まとまった詩集もつくられた。だが著者が80歳を迎え、自分の人生を振り返る機会を得たであろう中で、自ら選んだ詩集を組んだことには意味がある。それは、世間でウケた詩ばかり並ぶとは限らない。しかし自分の足跡として、あるいは自分の魂を絞り出した言葉として、十幾つ分の一の割合で、ここに選出したのだった。
作者自ら、「まえがき」で、こうした事情を告げている。「いざ選び始めてみると、迷いもあまりなく、ほとんど即興的に選んでしまった」という。
この「まえがき」は決して長いものではないが、最後に、「私は嵩高い詩集を好まない」と記し、「この文庫が読者の方々の気軽な座右の、あるいはまた旅先の読み物になってくれることを願っている」と結んでいる。まことに、その通りの文庫作品であり、そうさせて戴こうと思う。
作品は、初期の詩集から、二つ三つずつが選ばれ、その詩集の発行社と年号も記されている。当たり前のことかもしれないが、これは親切なことだ。そこから気に入った詩の載った詩集を手許に置きたいと思うようになるかもしれない。
私は個人的に、スヌーピーを愛しており、そのコミックスの訳者として、最初に谷川俊太郎に出会った。また、『ことばあそびうた』を直に手に取り、非常に喜んだ子どもだった。ひらがなの詩にも、親しんだような気がする。
そこで、谷川俊太郎といえば、子どもの心を知る詩人、という感覚でずっとした。その後、歳を重ねた詩人のことは、深く知ることはなかったが、いまこうして振り返ってみると、後期とも言える時期の詩には、ずっと蔭が差しているような気がしてならない。それは「死」である。
一見、「死」はどうでもいいようなふうに読めることもある。「死」を達観したような言葉だと感じられることもある。だが私は思う。私の感想だが、「死」に対してとてつもなく大きなものを感じ、またそれを恐れて仕方がないような思いではなかったか、と思うのだ。もちろん、違うことを本人がどこかで言っているかもしれないから、問題は私の受け取り方だということにしておくが、「死」へのこだわりが、詩の中にねちねちと現れていて、それはやはり恐れというカテゴリーの中で見るべきものということではないか、と思うのだ。
すると、「詩」と「死」という言葉の響きの同じものが、作者の中には、当然あっただろう、という言い方もできると考える。それくらいのことを見逃しているはずがない。
谷川俊太郎は、「詩が書けない」ということそのものを、しばしば詩にしていることでも知られる。ミュージシャンでも「もう歌は歌えない」「もう歌はつくれない」という歌詞で歌う場合があって、実際その歌を作っているじゃないか、と文句を言うこともできるのではあるが、歌ができない、という歌には、確かにひとつの真理がある。谷川俊太郎の場合も、それで詩をつくっているじゃないか、とも言えようが、やはりそれは非難にはならないと思う。詩とは、書けないものではないかと思うのだ。書けなくなるときがあると思うのだ。しかし生活のために書かねばならない、だからそのことを詩に書く。これもひとつの論理だが、言葉を紡ぐというのは、確かに難関そのものであるに違いないのだ。
そのように「詩」が書けないというのは、「死」に立ち向かえない、という心を含んでいるのではないか、というのが私の捉え方である。谷川俊太郎が最期には、死を迎え容れるようになったのかどうか、それは私には分からないし、判断できない。だが、死への恐怖がここにもあるような後半の死にたくさん描かれていたとしても、私はそれを、読者も当然もっているものだろう、という前提で受け止めたいと考える。少なくとも私は、そうである。信仰があるから平気だ、と口笛でも吹けると見る方がいるかもしれないが、そんなに単純なものではないのだ。
だから、谷川本人が言うように、座右の読み物にしてみようかと思う。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド