本

『田んぼの教室』

ホンとの本

『田んぼの教室』
稲垣栄洋・栗山由佳子・松下明弘
家の光協会
\1,600
2003.6

「さくら」「さつき」「さみだれ」の「さ」が、イネの神様の名前だとは、知らなかった。「さなぶり(さのぼり)」という、田植え後のお祝いの食事にもこの言葉がある。文字通り、イネの神様が田植えが無事終わったことを見届けて、天に昇っていく意味なのだそうだ。
 なぜ田植えをする必要があるのか、という基本中の基本の疑問も、子どもにも分かりやすいような言い方でさらりと説明してあった。スズメはイネのどこがおいしくて狙うのか、レンゲのどのようなところが田んぼによいのか、そんなことも全部分かった。
 もちろん、イネの育ち方から鍬や鎌の使い方、土での遊び方、米ぬかや藁の利用法など、田んぼに関するありとあらゆる知恵が、この本にまとめてある。とくに、田んぼを通じて、生態系、つまり生き物の関係を学び、命のつながりの意味が分かるように導かれている点がすばらしい。
 小学校の総合学習で、イネを育てることがある。私も、親として、田植えと刈り入れに加わった。田んぼそのもので遊ぶのは、小さかったころから日常的なことだったが、実際にこうした農作業をしたのは初めてだった。だいたいのことは頭では分かっていたが、いざやってみると、農家の苦労が改めて感じられた。もちろん、機械でするとまた違うのだろうが。こんなことを経験すると、歴史の中で、農具の発達という地味な項目も、人間が毎年毎日、重ね重ねてやり通してきた苦労が、けっして小さなものではないことを知る。ともすれば、有名政治家の名前と政策ばかり覚えれば歴史は完成、といった雰囲気さえあるが、名もなき人々が無数の歴史を刻んでいることを、改めて感じることができる。さらに、その人間の背後には、もっと見返りされない生き物たちの歴史が潜んでいるのだ……。
 さすがに田んぼの本である。最後はきっちり「八十八」番目の項目で終えている。終わりのほうでは、田んぼにまつわる苗字や、米が決めた単位、百姓という言葉の重みなど、ほんとうに頭が下がる配慮がなされている。
 また、イラストを担当する栗山さんの魅力的な絵が全体の半分を占めて楽しいのと、この人がたぶん間違いなくカエルが大好きなのだという点が、個人的にも、この本を好きになる理由であった。
 日本人としての生活の基盤を見直すのには、この食べ物の理解が欠かせないと思う。イデオロギーや神話の面から、自分の思いこみを人々に押しつけようとする団体や新聞社の方々は、まずこうした生活文化についての足場から見直してはどうだろうか。命を大切にするということは、むやみに他を排除しないということなのだから。




Takapan
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