『高村光太郎詩集』
高村光太郎
岩波文庫
\560+
1955.3.
高村光太郎は好きである。出会ったのは、やはり学校の教科書だったかもしれない。その言葉を書いた人の心が分かった、というよりも、その言葉が自分の中に入ってきた、というところだろう。自分にもそれがある。自分もその言葉を同じように口にすることができる。そういうところからだろうか。
日本の詩人の詩集は、いい。ポケットに忍ばせておくのにとてもよいと思う。外国の詩が悪いわけではないが、原文を翻訳してしまうと、元の詩とは違うものになってしまうことは否めない。その点、同じ日本語で心を詠んだ日本の詩は、そのままの言葉であるし、共感の質が違うのだと思う。
ただ、こうして並べてみると、必ずしもすべての詩が、同じようにときめかせてくれるものではないことが分かる。芥川龍之介全集もそうだった。名作は確かにある。唸るような文章にも出会う。だが、作品を全部読むと、心動かされるものばかりであるわけではない。むしろ、どうかという印象をもつほうが多いように感じられた。
このあたりが、全集というものの弱みでもある。ただ、人の心が寄せられるものは、その人により異なる。全部をさらけ出してもらい、その中から、自分に相応しいものをそれぞれが選びとればよいだけの話だ。
奥平英雄氏は、美術評論家である。詩には門外漢だと自ら吐露しているが、「あとがき」で、この詩集の成り立ちを詳しく説明している。岩波の編集部の依頼により、高村光太郎を訪ねたというのである。そう、高村光太郎は、彫刻家でもあった。美術評論家の訪問を好ましく思ったに違いない。従って、詩の専門家であれば感じ取れないかもしれないような、彫刻美術との兼ね合いの部分を、汲み取って選び出してたのではないか、と私たちは期待することができる。実際、この「あとがき」は、それ自体を高村光太郎の解説として読むに十分値する、簡潔さと内容の豊富さを占めているように思う。そこで、極端に言うと、ここだけを読んでも、高村光太郎についてたくさんのことを知ることができると言えるのだ。
本書の詩は、時代を考慮して、「道程」という大作と、「道程」以後に大きく分け、さらに「智恵子抄」だけが独立されている。若い時分の勇ましさと、その勇ましさに挫折して一時詩から離れつつも、再び湧き起こる何かを訥々と記していく大人の眼差しとを、読んでいくにつれて感じるものである。
そして実のところ私がとても好きなのは「智恵子抄」である。なんとも切ないものである。美しい言葉が続く。だが現実の生活は、たまらなかっただろうと思う。いまでいう介護に明け暮れるわけだが、おとなしく愛おしい態度を見せるときもあれば、どうしようもなく暴れるときもあったはずだ。憎むような思いが走ったとしても、私たちは非難することなどできない。しかし、言葉は、その眼差しと行いとを反映しているものと思われる。
有名な「あどけない話」「レモン哀歌」はもちろんのことだが、この「智恵子抄」に関しては、私はどの詩も好きだ。きれいに書きすぎているかもしれないが、しかしどれもが真実であるのだと思う。それは、詩人独りだけの決意や省察ではない。智恵子という他者がいて、しかも単なる他者ではなくて、もうひとりの自分でもあるような、愛しくてたまらない、かけがえのない相手がある。そこに、言葉が渦巻く。この真実は、本物なのだ。
他の詩も、もしかするとまた出会い直せるかもしれない。最初には触れることなく滑っていった表面に、実はたくさんのほどよい凸凹があって、その摩擦が心地よさを伝える、ということを知るのではないかと思う。だから、詩集は、ポケットにでも入れて、折に触れ開いたらいい。短い時間で、ひとつずつ作品と、出会い直すことができるからだ。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド