本

『体験格差』

ホンとの本

『体験格差』
今井悠介
講談社現代新書
\935+
2024.4.

 電子書籍で購入。多くの事例が具体的に挙げられており、電車の中でその一つずつくらいを見てゆくことにした。
 正直言って、本書の問題意識が宣伝されたとき、結論的なことはすでに明らかであると思った。子ども食堂が展開する時代である。子どもをキャンプや海水浴に連れて行くとか、地元のサッカーチームに入れるとかいうことが、簡単にできない家庭がたくさんあることは、容易に想像できる。かくいう我が家も、金のかかる習い事はさせていない。そもそもゲーム機すらたいしたものではなかったことを思うと、少々胸が痛むところである。ただ、ゲームには子どもたちもそれほどの興味をもたなかった。私が本ばかり読んでいるので、本を読んでいるほうが面白いと思ったようである。学校の部活はそれなりにしていたが、親として日曜日に車を出せとか応援に来いとかいう呼びかけには一切応えられなかったので、気の毒に思うこともないわけではなかった。
 しかし、体験をさせることについては、蔑ろにしたつもりはなかった。あちこちによく言った。幼稚園の行き来に自然と触れあうという日常とはまた別に、あちこち公園には実によく連れて行った。福岡県中の名の知れた公園には行ったはずである。それらは殆どお金がかからない。日曜日の教会の後には、近隣の公園がせいぜいだったが、祝日ともなれば、遠出もした。偶にではあるが、「遊園地」と呼べるところも経験している。花火も地元の打ち上げを見るのは毎年のことだったし、手持ち花火をしない夏はなかった。プールも山も、そして牧場や工場見学など、家庭内イベントは、思えばかなりあった。大した金額が必要でなかった、という点は認めるけれども。
 お金には余裕がないが、私の仕事に多少の時間的なゆとりがあったため、それらのことができたのだ。しかし、世の中には、その時間がもてない生活の親がたくさんいる。本書でもあるが、離婚などの理由で女性がひとりで子どもを育てている場合、その収入が一般的にかなり厳しい。そして時間も制約される。生活保護を受けている例も紹介されていた。それは私の場合より遙かに過酷であるだろう。どうかサッカーをさせてください、と畳に顔をこすりつける子どもに、はい、とすぐに言えない親の立場は、本当に苦しいものだろう。
 本書は、ただ出会った事例を表に出して、あれこれ具体的に見せるのが目的ではない。社会学的に、一定の調査と統計を以て示してゆくのだ。結論的なものは予想を大きく覆すものではないが、それがどのくらいの確かさで社会の中にあることなのか、これを打ち出した意義は大きい。
 たとえば、低所得家庭、ということの定義ももちろんしてのことだが、の3分の1が、学校と日常のほかの体験がゼロである、というデータ。予想できないわけではないが、ゼロということとそれが3人に1人という数字が、事の深刻さを私たちに突きつける。
 その中には、貧困問題が当然正面に出てくる。だが、障害児の場合、あいるは外国籍やそれに近い場合など、社会的な問題を含むことも考慮さけなければならないときがあることも指摘する。
 子どもは子どもの方で、親の事情を考えていることが普通であり、親の心理を想像して対処している場合がある、という切ないことも挙げられている。贅沢はできない、ということが子どもには分かっているのだ。ある方が、さほど収入に恵まれていわけではなかったが、「子どもに卑屈な思いはさせたくない」と言っていたことを思い出す。卑屈というとまた暗い気持ちにもなるが、贅沢でなくても、何か楽しい体験をしてもらえたらいい、というのは、私の家庭で実践していたことだったとも言えるように思う。
 こうした事態を、ともすれば「自己責任」という言葉で済まそうとするのが、私たちであり、私たちの社会であるかもしれない。しかし、自分はなんとか子どもにいくらかのことができている、という私のような立場の者が、深刻な事情の子どもたちに対して何もしないというのは、冷たく突き放しているに等しいものであろう。社会が、そして私が、何をしなければならないか。何が求められるのか。本書は最後に、そこへの問いかけをする。
 事実、支援している団体が存在する。ドイツにあるフェアアインというシステムが60万以上もあるという規模には驚くが、日本にはいま非常に少ないながらも、始まっているという。市民がつくる団体が活用され、そこに公的な援助がなされることにより、国が運営するという形でなくても、民間で支援ができる。直接それができる人もいれば、そこにまた援助できる市民がいてもいい。私は災害時のささやかな援助と、地域猫に対する援助を継続的にしている程度でしかないが、子どもたちのためになるこうした活動へも、何かできたらいいと願う。何もかもはできないが、信頼のおける、善良な団体を探してみようと思う。本書は、そうした実際の団体の存在やその活動をレポートしている。事態の説明そのものは、必ずしも意外なものではなかったが、このような歩み出すひとつのきっかけを与えてくれる点で、本書は大きな問いかけを社会に対して投げかけ、そして動きを促しているといえる。その意義は、決して小さくはないと思う。
 もちろん、ひとり親を支えるような社会制度については、政治を司る方々がもっと動いて欲しいし、巨大な利権こそ仕事のすべてだとしないで、大物政治家さんが、心を配って戴きたいと切に願うばかりである。




Takapan
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