本

『総説・図説 旧約聖書大全』

ホンとの本

『総説・図説 旧約聖書大全』
ジョン・ドレイン
池田康文・池田耀子訳
講談社
\3780
2003.10.

 旧約聖書とは何か。それは、キリスト教の人々が、ユダヤ教の聖典を呼んだ名前である。また、キリスト教の人々が構成した順番やグループ分けに従って並べたものをそう呼んでいる。ユダヤ教のほうでは、また違う編集の仕方をとっている。しかしながら、内容がひどく変わるわけではない。それでも、意味の読みとりにおいて、それぞれの陣営は大いに異なる見方をする。
 そもそも、キリスト教には新約聖書というイエスについての資料があるのに、どうして旧約聖書をその後も変わらず聖書として置く必要があったのだろうか。基本的には、クリスチャンは、そこにキリストを見たのである。神がキリストを遣わした前提や背景としてそれを認める必要があったし、また事実キリストが見え隠れするような思いを抱いていたのだ。その点マタイは実に濃い扱いを旧約聖書に対して行ったし、コロサイ書のような異邦人による異邦人のための書簡であるならばいざ知らず、ヘブライ書のようにユダヤ文化に近いところで語るときには、旧約聖書を省くということは、考えられないことであった。
 さて、この本はまるで小さな百科事典のように働く可能性を秘めた本である。コンパクトであり、また初心者向けであるということで「入門書」だと最初に書かれてあるにも拘わらず、どうしてどうして、非常に深くえぐったところまで紹介の営みがなされていることに驚く。周辺の文明との関連にも十分触れた上で、しかもヘブライ語における語の意味をも十分注釈する形で解説を加えており、聖書というものを実に生き生きと読み理解することができるような配慮が見事になされているといえるだろう。
 そもそも旧約聖書とは何か。そのおよその歴史を綴るにしても、聖書のダイジェストを型どおり載せるというのでなく、文化的背景や他国との政治的状況にも十分配慮した上で、すべてが神の歴史であると同時に、生きた人間の歴史としてもまた描かれている旧約聖書のストーリーがダイナミックに紹介されていく。しかも、これを早合点して解釈してはならない例なども踏まえつつ、歴史性を問いつつ語られていく。地図や図版も豊富である。周辺諸国との関係におけるイスラエルの歴史は、宗教的視点で専ら描いてある聖書だけを見ていては気づかないところも多い。また、歴史を説明しながらいつの間にか聖書を教訓的に解釈していくことも多いため、まずは襟を正して歴史の中における国の興亡と、そこに至る政治的駆け引きについても説明が施されていく。そして遂に、エレミヤを登場させつつ、バビロン捕囚へと達してしまうのである。いや、そこから預言者たちの姿や、神殿の復興まででようやく旧約聖書全体である。さらに、七十人訳を含めダニエル書が描いたであろう時代の様子をもこの本は伝える。
 こうして歴史がひととおり語られると、どこか教理的な語りとなるのだろうか、神とは何か、世界とは何か、選ばれた民とは何か、礼拝とは何か、そんなことを多岐にわたって述べ、いよいよ巻末では、新約とのつながりが示唆され、さらに新約との関係を問いながら、ユダヤ民族がきっと思い描くであろうような、未来への眼差しを以て、この本は閉じられる。
 ともすれば、新約の解説を得意になって行うばかりで、実は旧約の背景や意義についてはぼんやりごまかしながら語られることもしばしばである。そこへ、このように徹底的に旧約世界にこだわった本があるというのは、案外心強く頼りになると言えるのではないかと思う。
 講談社は、聖書に関する書物もいくから出版している。堅苦しくないものが多い中で、この本は案外本格的なものであった。聖書の学びに、役立つこと請け合いである。




Takapan
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