『しょうがの味は熱い』
綿矢りさ
文藝春秋
\1200+
2012.12.
綿矢りさは、2014年末に出版社からの紹介の相手と結婚する。32歳のときであった。「しょうがの味は熱い」は、結婚したい女と、それを避け続ける男との物語である。しかしこれが書かれたとき、作者はまだその紹介を受けていたのではなかった。続編ともいえる「自然に、とてもスムーズに」は、出会ってから半年ほど経った頃の執筆である。結婚そのものまではまだ4年近く時が開くので、まだその時点で自分の結婚がどうなるかを見通したわけではなかっただろうが、「結婚」という文字が目の前に大きく現れたのではなかっただろうか。さて、結婚すべきかどうか。この人でよいのかどうか。出会った男女が――小説の場合は、同棲までしている二人が――、「結婚」という壇上に登るのかどうか、未知の問題への葛藤を覚えることがあったのかもしれない。
などということを、出会う1年余り前にすでに「しょうがの味は熱い」で描いていたわけであるが、私は作者の私生活については何も知らない立場なので、何かと勘ぐるようなことはこれ以上はしないでおこう。
物語は、絃(ゆずる)、絃、という表現で始まる。男の名であるらしい。語り手は誰か。この辺り、いつも小説の最初の緊張感が漂う場面である。絃は、仕事で何かを抱えているようだ。この最初の場面は、案外物語の底流をつくっている。絃は、仕事については熱心ではない。給料をもらうために会社を利用しているだけだ、と豪語していた。だが、次第に仕事が自分の中心のようになってきていた。
まずは生活の様子が細かく描写される。この生活感覚は、語り手の女性のものだ。これをたっぷりと聞いておいた上で、物語を読む準備が読者の中に整備されてゆく仕掛けである。二人の日常というものが丁寧に描かれてゆくのであるが、絃は自分の気持ちをなかなか表に出さない。男の気持ちが分からない、という壁を示すことで、二人の間の通じ無さというものを、読者にしっかりと植え付けることになるのだ。
ただ、彼女は結婚へと踏み切りたいわけで、それをどう伝えるか模索している。「結婚という言葉を使わずに、言いたいことを言うのは難しい」ということで、仄めかしはするものの、正面切って言ってしまうと、何かを壊してしまうのではないかという心理が、しばらく続くことになる。
物語は、次には絃の視点から語られる。語り手が男の側になる。これは、綿矢りさにとってはこれまでなかったタイプの展開だ。女性の側の視点が基本だったのであるが、今回は二人の心理合戦が小説の場をつくるのであるから、それぞれの心理、それぞれが相手をどのように見ているか、という謎解きをしながら、小説が成立することになる。
ただ、このとき女の方は「絃」「絃」と語っているのに対して、絃の方は、しばらくずっと「彼女」「彼女」としか言わないでいる。ここにも、二人のすれ違いがきちんと示されている。向き合い方が、まるで違うのである。
男の立場からすると、絃の態度はどうにも無責任であるようにも思う。家事もさせ、肉体的にもかけがえのない関係の中にいながら、結婚という関係については及び腰である。女の側がどのように考えているか、についてはまるで関心がないのだ。一応、理由はあるようだ。「保証人」になることで家庭が壊れた経験の中で育ったのだというが、しかしそれと結婚拒否との関係は、曖昧である。彼女の理解はよく分かる。
同棲生活は、絃の家に住まわせてもらっているような立場であったが、ずっとここに住みたい、ということを女は精一杯伝える。ここで初めて、女は絃から名前を呼ばれる場面が訪れる。「奈世」――それが夢からの声だと思った場面だが、それは結婚そのものとは違う、絃の返答であった。この12行後に、「しょうがの味は熱い」は終了する。
これで終わりとなったわけだが、どこかぴりぴりした関係に於ける、気持ちのすれ違いの様子を、タイトルの「しょうがの味は熱い」が示しているのであろう、というのが一般的な評である。綿矢りさの話の題はいつもオシャレで、突飛な表現ながら、物語のどこか中核と言えるような場所で、台詞の中にその題の言葉が登場するのが通例であった。だが、今回はこの題の言葉は出てこない。恐らく、全体的な象徴なのだろうと思われる。
そして2年半後に、この二人の続きが描かれた。それが本書に本当に続きであるかのように載せられた、「自然に、とてもスムーズに」である。ストーリーを辿ることはしないつもりだが、ついに奈世が絃の家を出てしまうという展開がまっていることだけはお伝えしよう。「しょうが……」の方の1.5倍ほどの分量を使い、実家に戻った奈世とその両親の様子もたっぷりと描かれている。こちらのタイトルは、最後の方で回収される。お楽しみのために、こちらは一切内容についてはノータッチでいよう。
さて、奈世と絃だけに特化した物語。結婚を求めている、あるいは結婚するかもしれない相手がいる人は、十分お楽しみください。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド