本

『「写真週報」に見る戦時下の日本』

ホンとの本

『「写真週報」に見る戦時下の日本』
保阪正康監修・太平洋戦争研究会著
世界文化社
\2625
2011.11.

 週報のほうはよいが、後半は「寫眞」となっている(但し「週」のしんにょうは点が二つある)。1938年2月16日号を創刊号として、1945年7月11日号を最終刊としている。内閣情報部が初め発行したが、1940年半ばから情報部という部門が担当している。
 国民の士気を鼓舞し、国民に全面協力を仰ぐための雑誌である。背景には、国家総動員法があるという。ラジオもまだ十分行き渡っていない時代である。そこへ、この雑誌のもつ影響は少なくなかった。これは今でいう、写真週刊誌に匹敵する。写真というメディアは、多くを語らずして訴えるものが大きいことは、今日の雑誌を思えば明らかである。国民は、この雑誌による大号令に、なびかざるを得ない状況になっていくのであった。
 時期を確認しよう。日中戦争が始まってしばらくしてからのものだ。ここから戦争は長期戦になっていく。そしてもはやどうにもならなくなった時期に雑誌は終焉している。もはや国民を騙すことができなくなった時点である。
 最初から嘘であったとは言えまい。だが、戦局が悪くなると、言葉を変えて事実を知る印象を変えようと努める。さらには完全に事実を変えて情報を流すようになり、ついに最後には沈黙するに至るという流れがそこにあった。
 写真と共に、スローガンないしメッセージが託されていた。これは、まさに戦時下の広告である。広告やキャンペーンが、どのように社会をつくっていくのかを雄弁に語っていることを感じる。
 この本は、その表紙をすべて紹介しているし、多くの記事をその写真と共に掲載している。そして当時の状況の解説も適宜なされており、こうした広告と戦局との関係や背景についてよく知ることができる。貴重な資料となりうるものではあるまいか。
 そしてそれは、単なる歴史的な遺物、骨董品として飾っておくべきものであるというふうには、私はとても思えない。
 思想や宗教を伝える場合にも、何かしら考えさせるものがここにはある、とも言える。あるいは、すでに様々な宣伝方法を考えている身としては、アイディアとして浮かんだようなものが、ここには実に多く溢れていると言えるのだ。生活のあらゆる面で、目的が戦争のためだとしてつながっていくのである。なんとかあらゆる場面で戦争へ協力的になるように、工夫という工夫がなされている。それは、無理強いのような脅威によるものではない。この日本の国に蔓延している、いわゆる「空気」というものを作っていくための方法である。善悪が法則的な理解の中に置かれている西欧文明やイスラム文化とは異なる。善悪すらもいたって情緒的な中で処理される文化がここにある。分かりやすく言うと、「みんながする」ことに同調しなければならない、というのがこの国での生き方だ。たとえ建前であっても、そのようにする。日本における民主主義は、残念ながら西欧におけるものとはずいぶん性格が異なるものである。このような意味での「みんな」が民主だとして、多数決で事が決まることが自然なように受け止められている。それにはもはや個人は逆らえないようになっていく。個という概念は埋没されるべきものだと考えられている。そして「みんながする」ことが善である、とさしあたり同定される。この戦争への国民教育を果たした「写真週報」の役割は、まさにそこにある。
 昨今の政治にも、このような空気がある。その空気の流れが、今突然のように、恐ろしい方向に流れ始めたことを感じている。「写真週報」の中にあるような手法は、今もなお生きており、利用されているのだ。少しでも客観的に、そのようなありさまを感知することによって、今自分が立っている場所における政治の空気が、同じようなトリックで人々を巻き込んで利用し、つくりかえていこうとしていることに、私たちは気づかなければならない。気づこうとしなければならない。
 神の前に立つ者の多くは、この構造に気づきやすい。その意味でも、クリスチャンは「見張り」の役割を果たすことができると思っている。




Takapan
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