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『社会を変えるには』

ホンとの本

『社会を変えるには』
小熊英二
講談社現代新書2168
\1300+
2012.8.

 社会を変えるにはどうすればよいのか。安直な答えを他人の頭に考えてもらおうと目論んでいた読者は失望する。自分で考えることの大切さを訴えてくるからだ。
 ともかく、新書で500頁を超えてくるのはしびれる。読んでも読んでも終わりがこない。しかもいろいな話題を次から次に繰り出してきて、本音がいまひとつ明らかにされない。後から見直せばそれは分かるのだが、どこへ行くのか分からない道案内にひたすらついていくような思いがしていた。だからこそ「社会を変えるには」どうすればよいか、という本であるということになるのだろう。
 2011年の東日本大震災を経ての本である。その意味は大きい。著者自身、体を壊した経験をもつ。その中で、どうしても書くように急かされたようなところがあったのだという。他にもこのテーマで分かりやすく書いた本があるようだが、これはやはり震災の影響がどうしてもあると言えるだろう。
 日本社会の現在の位置を知ることはまず基本である。高度経済成長からオイルショックの影響を受けながらも、ナンバーワンと言われるに値するほどに経済発展した日本であるが、バブルの崩壊により陥った情況は、その後も続いている。しかも戦後の社会主義への理想から、それの挫折、特に学生運動の意義の変化など、戦後の歴史として私たちがまず前提として押さえておかなければならないことが確かにある。そのときの政治の思惑というものにも目を向けながら、日本社会が動いていたこれまでの流れを確実に知っておくために長い時間を使わねばならなかった。
 そこから、そもそも「民主主義」とは何かということへの反省を私たちに促すようになる。古代ギリシア発生の民主主義は、もちろん近代民主主義とは異なる。頁数がたっぷりあるからか、ギリシアでもしばらく留まるのが、私にとっては読みやすかった。
 それが一気に近代民主主義に飛ぶ。デカルトの考え方の与えた革命というのが如何に大きかったか、社会的背景も常に考慮に入れながら、これを説いていく。著者はデモ活動に参加したこともあるので、社会を変えるには、たとえばデモというものもそうだというふうには思っているだろうと思うが、そのデモがもちろん社会を変えたなどとはとてもじゃないが言えなかったし、私たちがデモ活動をしたから社会が変わるというふうには、やはり考えていないようである。
 そんな経験を踏まえながら、驚くのは、話が一気に「現象学」に進むことである。その背景にある、ハイゼンベルクから入って、観測者が対象に与える影響という科学的な現代常識を掲げ、社会という場面においても、私たち一人ひとりは傍観者ではありえず社会に影響を与えること、だからまた、自分も影響を受けるということを確認する。当たり前のことである。哲学的には当然の前提のようなことなのであるが、これが世の中の人にはちっとも分かっていないのであって、著者はそこを丁寧に言い聞かせるように、自覚を促すような語り方を続ける。
 そう。政治が悪い、社会が悪い、そんな呟きをしているばかりではいけない。それはむしろ、その悪い政治、悪い社会をその人が作っているということになるのである。しかもそのことに気づいておらず、他人が悪いというふうに思い込んでいる、最も質の悪い存在となっていることになる。
 自分が無視されている、という空しさが不満となり、憤りとなっていく。しかし、万人が気に入る改革というものなどありえない。一人ひとり何かが違う。求めが違い、掲げる理想が違う。自分にとり大切なもの、それがそれぞれ異なる。必ずしも画一的に立ち上がる必要はない。ただ、手をつなぎ合える仲間は必要である。つかず離れずの関係であってもよい。声を出せる場をつくることができたらいい。むしろ、声を出さないままでいたら、それは別のある人々にとって、妨げる壁となっている。何も言わないことでも、何らかの影響を与えているというあり方を自覚する必要があるのだ。だからあなたは、いてもいなくてもよいような存在ではない。そこに存在することに意味があり、誰かに影響を与える存在である。また、誰かから影響を受けているはずなのである。自分が安全地帯にいて、世間を眺めているようなあり方から、勇気を出して一歩踏み出してみないか。
 社会を変えるには、あなたが変わることが必要なのだ。
 だが、著者は最後に切に願う。この本を「教科書」になどしてくれるな。これを囲んでわいわいと話し合うたたき台のような「テキストブック」なら歓迎だ。これを批判して、よりよい現実へと実を結ぶようにしてもらえたら本望だ。あなたが、これまで気づかなかった新たな視点を得られたら、これ以上の喜びはない。人は、変わるものなのだ。
 そんなことを著者が言っているわけではないという部分もあるが、私が受け止めた、本書の叫びである。




Takapan
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