本

『しゃぼん玉』

ホンとの本

『しゃぼん玉』
乃南アサ
朝日新聞社
\1575
2004.11

 いい本だった、と配偶者に勧められて読んだ。こういう本は、私は選ぶ能力がない。しかし、読み慣れている人は、違う。タイトルだけでも、これはいいに違いない、と嗅ぎつけることができる。
 自暴自棄的な若者が、ひったくりの際に被害者を殺してしまったのではないかと思ったところから物語は始まる。宮崎まで逃げてきたのに、それが九州であると気づいていないなどと、大学まで行った男にとってそんなことはあるだろうか、という疑問は湧くものの、逃走犯の心理や行動について、描いてある事柄のリアリティは、なかなかのものである。読者は一人称の主人公に感情移入するしかないのだが、まさに自分自身が犯罪をしでかしたかのように、錯覚してしまいそうである。
 なぜこの本を私が勧められたか。そこに、ヒューマンなものが表されているから、などと説明することもできるが、たしかに気の利いた言葉や主張が、感じられないこともない。しかし、それよりも、宮崎の山奥で若者を包み込むようにして動く老人たちのキャラクターが、これまた生き生きと描かれている点が、光っている。
 小説では、人物の存在感が、作品の良し悪しを決める、などとも言われる。その点では、さすがプロであり、直木賞作家である、生き生きと描かれているこの老人たちの姿に、拍手を送りたくなってしまった。
 醜悪な人物像を描きつつ、最後には清涼感すら与えることができるのだから、小説というものはスケールがでかい。読むことによって、読者自身も成長するような気がする。




Takapan
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