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『数の概念』

ホンとの本

『数の概念』
高木貞治
講談社ブルーバックス
\1000+
2019.10.

 高木貞治とくれば『解析概論』が頭に浮かぶ人が多いのではないだろうか。畑正憲さんが高校のときにそれで学んだという話を本に書いていたのを見て、私も昔購入した。さっぱり分からなかった。一時は数学科を目指したのだけれども、自分には才能がないのだと思い知らされた。
 今回、電子書籍として安く買える機会があったので、開いてみることにした。そして、数論が少しも分からない自分の情けなさだけを感じた。うっすら、何をしようとしているか、ということは分からないでもない。だが、しばらく読んだとき、意味を理解しようとする意志を棄てた。シンプルで見事な説明であることは、恐らく間違いないだろう。だがこうした議論は、数学科の学生以上でなければ自分の内に入ってはいかないのではないだろうか。
 それでも、辿った。すると、137で本論は終わり、そこからは数学者の秋山仁氏の「解説」が始まった。高木貞治の、日本の数学界における燦然と輝く位置が告げられた。それは、明治期の偉大な理化学ないし医学の巨匠たちと時代を共通にもつことを語っていた。知名度で恐らく劣ると思われたのだろう、高木貞治という人の位置づけを図ったのではないだうろか。
 その後、高木貞治の生い立ちを辿ることとなる。神童とでもいうべき賢さには驚く。小学校を、飛び級のために半分の年数で出ている。それくらいならたまにあることなのかもしれないが、その伝説のような出来事を、「解説」は追いかける。しかも簡潔でびんびん伝わってくる。この辺りも、数学者のなせる業なのだろうか。
 その筆は、中学から大学、そこでの恩師たちを取り上げても勢いを衰えさせない。この「解説」の初めに、「高木先生について新たに書くべきことが残っているだろうか?」と自問したと記しているが、そこから204頁まで、延々と続くのである。それは、「それほど知られていないように思えた」その業績や人柄の魅力を伝えるためであるはずである。
 ドイツ留学と世界的数学者たちとの交わりをも綴り、それだから数学の議論も時折交えながら、生き生きと描く。研究のみならず、その教育への貢献も余すところなくと言ってよいほどに紹介してくれたために、「解説」を読めば、高木貞治という人物について、もうすっかり知り尽くしたような気分にすらなるようであった。
 本書は、その晩年に書いたものであるという。しかも、本当の意味で専門分野であるとは言えない。だが、「序」での問いかけを振り返り、建物の基礎工事に目を向ける点について、またヒルベルトを取り上げ、「公理」についての講義が始まるのである。
 そして最後には、高木貞治博士記念室が岐阜県本巣(もとす)市にあることに触れ、教育へのさらなる継承を促している。これは分量もさることながら、名解説となったとは言えないだろうか。
 科学的な内容の書には特に私が常に求めている「さくいん」が本書には設けられている。この配慮だけでも、本書を世に問うた編集者たちの熱意と誠実さとが伝わってくる。できれば、ここにある数論を理解できる人こそが、お読みになるべきだとは思うが、私のようにそうでなくても、数学とは素晴らしいものだと思える人ならば、多くの人の手に触れてほしいものである。本書の内容そのものは1970年の改訂版から作られているが、「解説」は2019年のもの。いま改めてこの数論のテキストが、生かされたのだと感じている。




Takapan
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