本

『素敵なご臨終』

ホンとの本

『素敵なご臨終』
廣橋猛
PHP新書1156
\880+
2018.9.

 母をホスピスで看取ったのが1028年9月。もう少し早くこの本を読むことができたら、知識としてはまた違ったものをもちながら、接することができたかもしれない。  書店で見かけてすぐさま購入したのだが、しかしそのような意味で後悔をすることはなかった。というのは、自分がしてきたことは、大きく間違ったものではなかったということがよく分かったからである。
 体験は大きい。情報が過多に流れる昨今ではあるが、自分で体験していないことは、いくら知識で聞いても分からないものは分からないのである。パソコンやスマホの操作などテキメンで、いくら説明をしてもらいそれを正しく暗記したとしても、一度もそれに触ったことのない人には実感がもてないし、ではやってみてごらんと渡されたら、どうしてよいか分からないということになる。その点、無心でまず触ってみる子どもたちの習得は早い。
 病気も、なったことのない人には、病人の気持ちが分からないというのもその通りだ。その意味で、死の床に就いたことがない者にもやはりそれは分からない。しかし、この場面は、死を免れない状態でいる人を看取る側の話である。これは体験できる。そして、その体験が有るのと無いのとでは、接し方が違うというのは正しいだろう。
 その意味で、直接私は看取ることは経験がない。いや、小学生のときに、母の父親である祖父を目の前で看取ったことは、鮮明に覚えているものだから、全くない訳ではない。ごくわずかでもそれがあるのは違ったかもしれない。
 今回私は、クリスチャンとして臨んだ。聖書から教えられたことを正に活かす場面である。精一杯の心で臨んだと言ってよい。その意味で後悔はない。ただ、医学的に知識が不足しているものだから、それでよかったのか、少しでも理解したことになったのか、無知としか言えないことは確かにあった。
 そこで恐る恐る開いた本書であった。本書は、ホスピスというよりは緩和ケア一般の、しかし実質ホスピスと呼んでいたものと全く同じことと言ってよく、末期癌の患者についての詳しいレポートが、現場の医師から告げられたことになる。ご本人は、医学研究のパイオニアではないから学究的にはどうかと謙遜しておられるが、実質数多くの死に立ち会ってきた経験は、常人には分からないものをすべて知っていると見ても差し支えないものと思われる。その意味で信頼を寄せて読むことにしした。
 大切な人に何をしてあげられるか。その人はどういうふうに感じているのか。しかしその人の状態や病気によって、対処の仕方も違うだろう。具体的に癌の病巣によりどう違うかということの知識も、ここには提供されている。そして、どのような最期を迎えていくのかという経過についても、いくつかのパターンがあることを知ることができ、また、いよいよ覚悟をしていくのはどういう様子が見られたときであるのか、それについても十分な知識を与えてくれる本である。
 そしてつまりは緩和ケアの極意とでも言うものが、たっぷりと語られている。実にありがたい本である。これはこうした患者を抱える家族には朗報であると言える。広く読まれて、知られるべき内容であろうと思う。というのは、私がたったいま経験してきたことが、実によく当てはまるからである。私は、本書を読むまでもなく、本書の内容を経験してきたのだった。そしてその足跡を辿るために、この本を読み終わった、と言ってもよいほどであったのだ。
 医学知識の紹介ではない。看取ってきた経験の上から、見られる現象や訴えられたことなどを積み重ねての記述である。嘘であろうはずがない。そのうえ、あらゆることに断定はせず、実のところ個々人様々なケースがあるということも繰り返し告げているため、人の一生、人の死を、パターンで片づけようだなどと考えているわけではない。ケアのために知っておきたいことについて、これに優る本はないという印象である。
 私はその上に、事前に、ホスピス長の本を読んでいた。これはキリスト教関係であるから、病気のケアというよりは、魂のケアのほうに傾いた内容であった。信仰をもつ人がどう最期を迎えたかというような話が多い。これはこれで大切である。本書にはこの点がない。また、なくてよい。魂のケアについては、もっとまた当人や家族の人格における交わりの中から何かが必要になるだろう。本書は、あくまでも肉体的に偏った内容として、しかし精神的にもどうすれば少しでも楽になるのかといった視点を含めながら、人の死をゆっくりと迎えていく場合の知恵が敷き詰められていると言える。
 とくに、一般によく誤解されていることについては、違うものは違うとはっきり教えてくれるので、私たちの思い込みから自由になるためにも、現場のこうした声というものは、意味が大きい。だから声を大にして、この本はためになると言わせて戴きたいと思う。




Takapan
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