本

『夕焼けポスト』

ホンとの本

『夕焼けポスト』
ドリアン助川
ポプラ社
\1400+
2019.10.

 人情をさりげなく書く作家だと勝手に私は見ているが、ひとの心をしっかり掴む柔らかな思いが背後にあるのを感じる。「あん」はすでに六カ国語に翻訳されて知られているのだそうだ。その映画をいきなり見たので、非常に心に残るものだという印象を得たし、その後『新宿の猫』も実にハートフルだった。
 いままたひとつ見つけて手にしたわけだが、今度はリアルさというよりも、ファンタジーの要素が加わっていたように思う。名も表さぬ私なるキャラクターの視線で終始たどっていく、不思議な体験である。夕焼けポストを管理する私は、そこへ過去から届いた手紙に丁寧に返事を書き送る。過去の人物というのが、チャップリンであったり、ビートルズのメンバーであったりと、ちょっとクスッとさせるところもあるが、こうした偉人も、子供のころ、あるいはデビューするそのあたりでは、とても不安で辛い生活を送っていたことに気づかされる。誰も、最初からスターであったわけではないのだ。しかし人生の中で何かが励みになったり、何かが運命を変える役割を果たし、その後世界的に名を知られるようにもなっていく。
 しかしこの私にとっては、問題はそういうことではない。私は孤独だった。妻と子を失ったのだ。そのことからは、ついにどうしても逃れることができなかった。その哀しさをずっと引きずったまま、私はこの能力というか役割というか、それを授かった「人の国」へと足を向ける。もちろんそれはインドである。ここから、仏教的な知識を背景にしながら、人が死ぬこと、命とはなんぞやという問い、そうしたことが物語を包み、またぐるぐると循環しながら進んでいく。
 私が、悩みの手紙に返事を書く中で、いつしかモットーとしていくのが、「角度を変えてみる」ということだった。悩むとき、ひとはある一方向からしか事象を見ることができないくなってしまっている。視線をずらすと、また別の角度から見てみると、自分の目の前にあったはずの行き詰まりも解消されうるのだ。脱出の道も見いだされやすくなるだろうし、そもそもが悩む必要がないのだということを悟ることもあるかもしれない。
 それを、どこか仏教、そういうと語弊があるならば、インドの自然がもたらす人類の知恵というものが、解消していく。いや、実のところこの私にとって、問題は解決しない。この管理をするきっかけとなった、十五年前に出会った人の国の少年に、いままた同じ姿で出会う不思議さ。そこで何か教えを得たわけでもない。ただ私は訴える。私は他人の悩みを解決できたかもしれないが、自分の問題は何も解決していない。いわば私の心は死んだままだ。それへの解決も得られないままに、少年は消える。私はやけになり、もうポスト管理を放棄するようにしてしまうのだが……。
 家族を喪う。それはどれほどひとを、また男を無力にするものか、それは体験したことがなくとも、そこそこ想像することができる。男は実に弱い。実際誰かを頼って生きているに過ぎないのだ。
 すぱっと解決する推理小説のような勢いはない。人生にはそう簡単に百パーセントの答えが与えられるわけではないだろう。それでもいい。ただ、この先の人生が憂鬱になることなく、なにかしら希望を与えられるようになっていてほしいとは思う。私は最後に挫折を経験するし、焦りもする。しかし、そのまま閉塞して終わるというものではなかった。夕焼けポストという不思議な現象は、ひとつまた上のステップを経て、続いていくのだろう。作品全般を流れるタゴールの詩が、やはり基盤だったのだと分かるが、それを感じたら、それでよかったものと思われる。
 ここには裁きはない。許しということも、それ故に、ない。自然の中で感じ取る心は、いつしか「時間」を神だと理解していくばかりである。それでよかったのかどうかは、私は疑問であるが、一つの癒しにはなったものだろうと思う。読者も、何かしら類似の悩みを抱えているかもしれない。何かが心に刺激を与え、癒やしを施すことになるかもしれない。命と時間というもの、それはきっと誰の人生にもテーマとなりうるものであろう。小一時間、その悩みに寄り添う物語として、爽やかな風を残していく小説であろうと思われる。




Takapan
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