本

『好き? 好き? 大好き?』

ホンとの本

『好き? 好き? 大好き?』
R・D・レイン
村上光彦訳
河出文庫
\810+
2023.10.

 これが好きな同級生がいた。大学の哲学科でのことである。私はカントという堅物だったので、へえ、という程度で耳にしていた。だが、とてつもない研究対象だということくらいは、把握していた。そのため、心のどこかで引っかかっていたのは確かである。
 その後レインの本にはかすりもしないような読書遍歴をしてきたのだが、ここへきて、図書館でこの文庫を見つけたとき、これは読まねば、とすぐに手に取ったのである。
 まず表紙がいい。ハートだらけの昔の表紙とは違い、ポップな女の子の、胸から上のイラスト。ミュージシャンのPVにそのまま出ておかしくないタイプの、若い人たちには見慣れたタッチである。そこへの切り込みを考えて売りだそうという気持ちがよく出ている。
 64の詩やコント的なミニ戯曲からほぼできあがっている本である。一つひとつには何の脈絡もない。それも、いきなり会話が始まり、なんとも噛合わない対話が続く。長いのもあれば、一瞬で終わるのもある。読んでいくうちに、理性が破壊されていくのを感じる人もいるだろう。柳に風で、楽しげに身を任せて頁をめくることができたら楽しいだろう。
 レインは、1927年生まれの精神科医である。だが、これまでの枠には囚われず、むしろ「反精神医学」とでも言うべき分野を主張したという。読者はもちろんこの前提を知ってから読むであろうし、読むべきである。彼女と彼との対話が、時に患者と精神医との会話のように見えるようになることがある。なるほど、それは噛合わないときもあるだろう。外から見て、理解不能な場がそこにできあがっている、ということも大いに可能性があるだろう。
 だが、それだけで説明できるような代物ではない。見ていて恥ずかしくなるほどに、自分がそこに登場しているような思いに晒されることもある。若気の至りとでも言えばよいのか知らないが、その気持ち、分かるぞ、と胸が切なくなるのだ。
 あるいは、そのころには女性のこのような気持ちに気づかずに居たのだ、と汗が出てくるような気持ちにもなってくる、そう言えばより適切なのだろうか。
 内容は、とにかく一つひとつまるで違う。なんらの統一感もないし、並べられた秩序というものも感じない。時にかなり際どい、というか、あからさまに卑猥な言葉も飛び交うが、思うほどに多くはない。だから健全と言えば健全である。尤も、ここに出てくる男女が、半世紀前の典型的な男と女の像である、という指摘はしてよいかもしれない。だが、それを責めることはできないだろう。むしろ、それは特に日本語訳によるものなのかもしれない。彼のほうは「〜だ」で終わるが、彼女のほうは「〜のよ」「〜だわ」と訳してあるからである。
 訳はもちろん発行の半世紀前近く前のものである。だがそれを言い訳にするのではなく、この訳は見事だと言ってよいのではないか、と感じる。そのことは、本書の「解説」でも触れられている。原題は、かつての単行本でも今回でも、表紙に投げかけられている。「Do you love me?」である。これが「好き? 好き? 大好き?」になったのだ。訳者はただ者ではない。そのことは、中の文章の訳についても言えるはずだ。つまり、日本語で読んでいて何の違和感も憶えないのである。これは原題のポップカルチャーのリーダーがこの言葉のまま叫んでいても、きっと不思議に思うことはないだろう、というレベルなのである。
 だからか、この本は、その系統の人々に大きな影響を与えたという。当然だと思う。このなりふりかまわぬ、無造作な日常の中の異世界めいたものに共感できる人は、いまはもう普通になってきているのではないか、とすら思うのだ。魅力がありすぎる。むしろこれが百年前に生まれた人の医者による、というほうが、驚きに感じられるような気がする。
 戸川純が1985年に「好き好き大好き」という歌をつくり、発表しているのは、本書からインスパイアされたものであるのだろうし、ここまで「そのまま」には出さないにしても、多くのクリエイターが絡んでいたのではないだろうか。
 どうぞ、理性的であることに疲れたら、ここでお休み戴きたい。あまりにこの世界が馴染みすぎる人は、少しだけ、思考もしてみたらよいかもしれない。どなたにも、潤う泉となるように私は予感している。




Takapan
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