本

『数学で身につける柔らかい思考力』

ホンとの本

『数学で身につける柔らかい思考力』
ロブ・イースタウェイ
ジェレミヘ・ウィンダム
水谷淳訳
ダイヤモンド社
\1,500
2003.6

 クイズ・ミリオネアで、賭けを続けるべきかどうか。クイズに自信のある人はもちろんイケイケでよいだろうが、失敗したときのことを考えて、賞金と比較して挑戦するのが、割がいいのか悪いのか、それを判断したい。こういうときに、「期待値」の考えが役に立つ。数学は、役に立たないものではない。あらゆる事態で、勝負に出るか待つかの判断を仰ぐときに、知らず識らず確率を考慮しているといってよい。
 理想の結婚相手を待つべきか、ここで相手を決めるべきか、これも重大な判断の場面である。一種の賭けが入る。……などと、ハートを無視していくわけにはいかないことだろうが、そこはお遊びだと考えて戴きたい。エレベータで待たされる気がするのはどういうときか、うわさ話はどこまで広がるか、ついでにネズミ講はどういう仕組みで如何に初期の人間だけが儲かるようにできあがっているか、こうしたことに無知でいることは、命と金銭を失う原因となる。詐欺はどんなふうにして忍び寄るのかを学ぶためだけに、この本を開いてみてもよいくらいだ。
 画像データの圧縮の理論的背景、カレンダーの曜日の設定、統計の数字操作の実際を、冷静な数学的理論から示してくれると、知的好奇心はもちろん、それを何か活かせそうだぞという気になってくるから不思議なもの。
 私たちは、もっと数学に興味をもってよい。
 どだい私自身、数学の美しい世界に憧れをもっていた。現実の数学はそんなに甘いものではなかったが、人の世の倫理にしても、数学的に割り切れるのではないかという期待が最初はつきまとったものだ。感情は、理屈で処理してはならないものらしい。そのことにもっと早く気づいていれば、幾多の失敗を犯さずに済んだかもしれないが、今となっては、あれは勉強のために必要だったのだと思わざるをえない。
 この本の紹介をするのを忘れていた。えてして、数学を生活の中に身近に感じよう、という趣旨の数学入門は、どこかわざとらしく、しかも難解だ。数学者には分かっていても、一般読者に納得させるには、数学者の論理を一度取っ払ってしまわなければならない。この著者は、ビジネスコンサルタントであると同時に、パズル作家である。イギリスの背景が多くて、私たちには注釈が入っていてやっと分かるという説明もあるが、とにかく読者へのサービスに満ちた語り口調は、文句なしに面白い。やむをえず数式で示さなければならないシーンでは、手書きの数式や数字が書かれているだけでも、柔らかな雰囲気を、計算して作り出していることが分かる。
 読み物として書かれているだけであるにしても、正直なところ、私のように塾で算数や数学を教えている者にとっても――高等数学を学んでいないゆえなのだろうが――、知らなかったことが幾多もこの本には書かれてあった。あるいは、それがあまりにも分かりやすく書かれているために、初めて理解した、と言ったほうがよいのかもしれない。
 数学の知識抜きで読んでも十分楽しいゆえに、この本の楽しさは本物である。できれば、聖書の知識抜きで読んでも十分楽しい、キリスト教の読み物が書けないだろうか、と自分の胸に問い直してみたい。




Takapan
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